多彩な専門分野に加え128万人超の卒業生も強み
――日本大学産官学連携知財センターは活動の中で何を重視していますか。
【大貫】産業界や地域と大学の橋渡し役として、特に近年は各専門分野に“横串を刺すこと”を意識しています。今、一つの専門分野で解決できる課題は限られ、学部連携や分野横断の重要性が高まっている。そうした中、“ない専門はない”と自負する日本大学はいっそう強みを発揮できると考えています。例えば日本大学災害研究ソサイエティには全16学部中15学部の研究者が参加し、自然災害の予測、メカニズム解明、避難行動支援、防災教育など多岐にわたる研究を進めています。
日本大学 学長
2000年日本大学大学院理工学研究科電気工学専攻博士後期課程修了。イリノイ大学客員准教授、日本大学理工学部教授、日本大学副学長などを経て、24年より現職。
――産官学連携の在り方や求められるものの変化を感じますか。
【大貫】今は「ニーズドリブン」の視点が欠かせません。かつては「学内にある研究成果を生かす」との発想でしたが、現在は研究段階からステークホルダーと協働し、社会実装をイメージしておくことが求められる。その際、128万人超の本学の卒業生も社会のニーズや課題を知る貴重なネットワークとなるはずです。もちろん研究者の興味・関心を原点とした研究も大切ですから、私たちは「ニーズドリブン」と「シーズドリブン」のハイブリッド化も意識しています。
――活動の目標などはありますか。
【大貫】「地域社会への貢献」などにも言及したミッションを掲げ、特許権等実施料収入や受託・共同研究の受け入れなどをはじめとする産官学連携実績について具体的な数的目標も設定しています。組織として未来像を明確に定め、「バックキャスティング」で行動する。これも私たちが重視していることです。日本大学の教育理念は「自主創造」。「自ら学ぶ」「自ら考える」「自ら道をひらく」から成り立っており、産官学連携においても“まずあるべき姿を考え、行動する”ことは変わらない理念です。
――今年、「日本大学発ベンチャー」の認定制度もスタートしました。
【大貫】日本大学の研究成果を生かした事業活動を積極的に発信し、その意義や価値を社会に発信していくことが一つの目的。それが産官学連携のさらなる広がり、充実につながると考えています。一方で認定したベンチャーとの関係強化を図り、施設・設備の利用や知的財産権の使用に関するルールの整備、またギャップファンド(※2)の活用などを通じて、支援を強化していく予定です。
――日本大学との連携に関心を持つ企業などへメッセージをお願いします。
【大貫】人文、社会、自然科学を網羅する2500人を超える研究者を擁する日本大学では、現在各分野の情報共有を進めるなど社会に貢献できる存在として体制強化を図っています。産官学連携に関する無料相談なども受け付けていますので、ぜひご連絡いただければと思います。
※1「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」(TLO法)に基づき、文部科学大臣および経済産業大臣に承認を受けた機関。
※2 研究成果と事業化の間にあるギャップを埋めるための資金。
日本大学発ベンチャーに聞く「事業に懸ける思い」
動物再生医療のプロダクトだけでなく“パラダイム”をつくれることが醍醐味
株式会社Vetanic 代表取締役 望月昭典
iPS細胞を用いた動物再生医療。その実用化をVetanicは推進しています。すでに一部で行われている動物再生医療の課題の一つは健康な犬や猫から細胞を採取する必要があること。iPS細胞を使えばドナーに依存せず、多様な治療が可能となり、世界を市場とすることで低コスト化も見込めます。
ヒトiPS細胞による治療が進展する一方、実は動物は取り残されている。そんな現状を変えることが当社の使命。単に動物の再生医療のプロダクトを作るのではなく、“パラダイム”をつくれることが事業の醍醐味です。当社取締役で獣医師、日本大学教授の枝村一弥先生とも常に夢を語り合っています。
日本大学の研究成果はもちろん、130万人近い卒業生のネットワークも事業拡大の大きな力になり得ます。まずは犬の再生医療の開発を推進、さらに猫や馬にも横展開し企業価値を高めるため、投資を募っていきたい。アクセシブルでサステナブルな動物の再生医療の実現に向け、着実に歩みを進めます。
カーボンニュートラルの切り札 核融合による発電の実用化を目指す
株式会社LINEAイノベーション 代表取締役CEO 野尻悠太
軽い原子核が融合して重い原子核が生まれる際に放出される膨大なエネルギー。今、温室効果ガスを一切排出しない核融合エネルギーの研究が世界で加速しています。その中で私たちは、中性子を発生させないことで放射性廃棄物の問題などをクリアする革新的な核融合に取り組んでいます。
当社事業の基盤にあるのは日本大学と筑波大学の研究成果。日本大学は知る人ぞ知る核融合研究の先駆的存在です。LINEAイノベーションの仕事は大学で生まれた先進技術をスピード感を持って実用化につなげること。当社だけでできることではありませんから、政府や多様なパートナー企業のハブとしての役割も果たし、2030年代初頭の発電実証を目指しています。
当社の理念は「Fusion Energy to the Future Generations」。未来の世代に持続可能な社会を引き継ぐには核融合エネルギーが絶対に必要との強い思いで、世界が求める“夢のエネルギー”を現実のものとしていきます。
インフラに依存しないトイレで人の健康、尊厳に関わる問題の解決を
株式会社e6s 代表取締役 高波正充
e6sが開発、販売しているのは上下水道や電気がない場所でも使えるトイレ。トイレ洗浄水を再生し、廃棄物を減容して衛生的に安全に回収できる仕組みで、東日本大震災で被災した日本大学の中野和典教授が開発を進めた自立型トイレがベースになっています。
トイレが使えない状態が続くと、人は水分摂取や食事を控え健康を損ねてしまう。また汚れたトイレは人の尊厳をも奪いかねない。こうした問題を技術の力で解決したいというのが中野先生、そして当社の何よりの思いです。すでに製品販売も開始していますが、技術や仕組みはまだ発展途上。今後も大学の研究成果を取り入れて改良し、日本大学とは知財戦略でも連携を強化していきたい考えです。
被災地ばかりでなく、例えば工事現場やイベント会場、山間部の孤立地域など、インフラに依存しないトイレのニーズは実は幅広い。ぜひe6sのトイレを世界に広げ、SDGsの6番目「世界に安全な水とトイレを」に貢献したいと思っています。