通信に往復30分、イトカワへの着陸

大気圏に突入した小惑星探査機「はやぶさ」が、オーストラリアの上空で最後の輝きを放ったのは2010年6月13日のことだった。

宇宙輸送工学研究系教授 國中 均氏

投下されたカプセルには、地球から3億キロ離れた小惑星イトカワの砂が入っていた。

その打ち上げからの7年間の軌跡を振り返る時、イオンエンジンを担当したJAXAの國中均・宇宙輸送工学研究系教授は「一番のハイライトはやはりイトカワに着いた時です」と話す。05年8月27日、「はやぶさ」はエンジンを切り、秒速9メートルでイトカワに近づいていった。

「最初は単なる点に過ぎなかった写真が、日を追うごとに大きくなっていくんです。誰も見たことのない小惑星に着き、これまで見えなかったものの姿が鮮明になっていく。僕たちはフロンティアに立ったんだ、と胸がいっぱいでした」

「はやぶさ」は「工学実験探査機」と呼ばれる。その名の通り、機体は宇宙工学における最先端技術の固まりだった。

日本の技術を結集した小さな機体からソーラーパネルを広げ、地球から遠く離れた小惑星に着陸し、砂などのサンプルを持ち帰る――「はやぶさ」に課せられたミッションを成功させる上で、國中教授の専門グループが担当するイオンエンジンは極めて重要な技術の1つだった。

1960年、彼は愛知県に生まれた。東京大学工学部から宇宙科学研究所に入って以来、「電気推進」の研究に半生をささげてきた。「はやぶさ」のプロジェクトが始まった時、彼は「この船を逃したら、もう僕らの技術の発露はない」と思った。彼にとってプロジェクトチームに加わることは、研究者としての岐路そのものであった。

「最初は海外からイオンエンジンを買うというアプローチもありえたはずでした。そのなかで、僕は『これこそ日の丸でやらないと意味がない。鎖国してでもうちのエンジンを使うべきだ』と言ってきた。失敗すれば、宇宙工学者としてのキャリアも失われる覚悟もしていました。2年間かけてイトカワに着いた時は、ようやくその思いが報われた気持ちだったんです」