コンプレックスがエネルギーになった

人のいないところで六法全書を読んだというんだ。嘘か本当か知りませんよ、本人が言ったんだから。声を出し歌を歌うように全部暗記してしまうほど読んだと。

彼は政界では「生きた六法全書」とまで言われていたし、彼は議員立法をやたらに作った。これは事実です。それは子供の頃、吃音を直そうとして六法全書を読み、丸暗記したから法律に詳しくなった。それが習慣になって、いつも六法全書を抱えて歩いていたというんです。

ある日、保守政界の大御所、吉田茂が、「おかしな男がいる」と、若くして国会議員になったばかりの田中角栄に目をつけた。「あいつは六法全書をいつも抱えている。あれは単なるミエじゃないか」と。それで吉田茂が田中角栄に難問を次々と突きつけた。その質問に田中角栄はポンポンと答えた。それをキッカケに吉田茂に可愛がられて彼は最年少で大臣になったり、異例の出世をしていくんだけど、その原点は子供の頃にあったという。

学歴もないし、閨閥けいばつもない、しかも言葉に対するコンプレックスがあった。しかし、これが田中角栄のエネルギーになったのは間違いない。彼に限らず人間は、コンプレックスの塊だと思う。大きなことをやる人間ていうのは、そのコンプレックスとの戦い、自分との戦いといってもいい、この戦争を必ずといっていいほどやってきているんです。

国会議事堂
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コンプレックスを持ちにくい時代になってきている

ところが、今は、コンプレックスを持ちにくい時代になってしまってるね。

女にモテないという悩みも、明らかに減ってきているし、貧乏に苦しんでるというのも見なくなった。学歴だって、そんなに気にしなくても生きていける時代になってきたでしょう。具体的にいえば、これまで女性にもランクがあると思ってたの。ひと昔前でいうなら、吉永小百合が一番で、とか。まるで東大が大学の一番上だと言ってるように。ところが今のアイドルはどんどん個別個性化、「隣のお姉さん化」している。

また一方では、東大を避けるようになってきた。学歴偏重でやるとロクな社員が採れないことがわかったし、会社を滅ぼすと。となるとこれは学歴にコンプレックスを感じる必要はない。ブランド信仰が崩れたのと同じだ。今までは男も女もブランドで相手を選んできたけど、今ごろブランドに凝っている奴は、野暮だと、今やまったく違う基準があるんだ、と。もうそこまで来てる。そういうことに若い人たちが気がつきはじめた。

違うよと。女にモテないと悩むのは間違いだと。自分の好みの女性っていうのがある。むしろ好みの女性を見つけられない男はダメなんだと。こっちが好みがあるのなら、向こうだって好みがある。つまり相性のいい女性、パートナーを見つけられない人間がダメな奴なんだと、みんなわかってきたでしょう。今はそれだけにコンプレックスを持ちにくい時代だと思う。