「わたしは、YTB運動をしているんですよ」

矢野によると、家田のすごいところは、社長というよりも、ただのおじさんに見えるところにあるという。

矢野は、あるとき家田に言われた。

「わたしは、YTB運動をしているんですよ」

矢野はなんだろうと思い、聞いた。

「YTBって、なんですか?」
「みんなで、寄って(Y)、たかって(T)、仕事ビジネス(B)をしようという運動です」

家田は語った。

「仕事はみんなで寄ってたかってするんです。掃除であっても、下の者がするのではなく、店長も社長も常務も関係なく、みんなで寄ってたかってする。これが楽しいんです」

家田はそう語るいっぽうで、よく口にしていた。

「行き当たりばったりなんだ」

矢野は、その部分をすごいところだと思っていた。

〈一個の人間の生き方として、行き当たりばったりというのは、とても崇高なものだ〉

矢野自身も、行き当たりばったりの人間だ。

「矢野社長、いい会社ですねえ」

家田は、ほかにも言っていた。

「僕はね、社長として能力が足りない。能力がないから、恥部を見つけて歩くのが仕事なんですよ。ふつうのゴミなら誰でも見つけるけど、小さなゴミは僕にしか見つけられないんです。そんなふうにして会社の恥部やゴミを見つけて歩くだけしか能力がない。本当に社長に向いてないですよ」

どこまでも謙虚な人柄であった。

あるとき、矢野がユニーに行ったとき、家田に言われた。

「ちょっと、ちょっと、矢野社長、うちの社長室を、見てください」

そう言われて、矢野は、家田の社長室をのぞいた。

その部屋は、6畳1間に普通のねずみ色の両袖の机とふつうの椅子、今では売っていないようなちゃぶ台みたいな机、食堂にあるような椅子が4つくらい置いてあるだけのシンプルなものだった。

上場企業の社長室といえば、高級な絨毯じゅうたんが敷いてあり、絵画が額に収まって、食器棚が置いてあり、つぼなどの骨董こっとう品が置いてあるのが相場だ。

しかし、家田の部屋は、そうした社長室とはまったく反対だった。

反対に、家田がダイソーに来たことがあった。

大下英治『百円の男 ダイソー矢野博丈』(祥伝社文庫)
大下英治『百円の男 ダイソー矢野博丈』(祥伝社文庫)

家田は、矢野を褒めた。

「矢野社長、いい会社ですねえ」

矢野は、褒められた理由がわからなかった。

「どうしてですか?」

「いやあ、夜逃げしやすいじゃないですか。いまどきはみんなビルにして、夜逃げしにくくしているけど、夜逃げしやすい会社が、一番いい会社なんですよ」

家田はユニークな考え方のもち主で、矢野は家田から多くの教えを受けた。

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