暴力団に数万円を払って脱退

ある日、仲間の一人が密売から足を洗うと言いだした。聞くと、シクロという会社がクラフトビール事業をしており、そこで働かせてもらうという。

隼人はそれを聞いて、自分も密売の仕事をやめて、シクロで働きたいと思った。

収入は減るだろうが、歩合制なのでがんばればそれなりの額になるかもしれない。

妻に相談したところ、たまたまシクロのクラフトビール事業を紹介するニュースを見ており、このように言った。

「シクロだったらええんやない? 収入が減ってもええから、そこで働きなよ」

覚醒剤の密売グループを抜けるには、暴力団に話をつけなければならない。

広げたお金を見る人のイメージ
写真=iStock.com/kuppa_rock
暴力団に数万円を払って脱退(※写真はイメージです)

隼人は暴力団事務所へ行って数万円を支払うことで脱退を認めてもらった。そして、シクロのクラフトビール事業に加わったのである。

社会で自立して生きているプライドを取り戻す

現在、隼人はシクロが運営する飲食店で働きながら、稼いだ金の一部を妻子に渡している。

覚醒剤の密売をしていた時よりは収入は減ったが、その代わりに正業に就いたことで毎日が輝いているそうだ。

山﨑氏は話す。

「クラフトビール事業をスタートして気づいたのは、利用者さんたちの『やりたいこと』や『やっていたこと』をすることの大切さです。うちに来る利用者さんは先天的な障害がある方より、アルコールやドラッグで中途障害になった人たちが大半です。つまり、若い頃はバリバリに働いていた。だからこそ、それができなくなった自分に負い目を感じていたり、心が荒んでしまったりしている。それなら、きちんと彼らがやりたいことや、やってきたことをしてもらうことで、社会で自立して生きているというプライドを取り戻してもらいたい。そうすれば、どんなに年を取っていても、前を向いて生きていけるようになると思うんです」