「源氏物語」のタイトルは時代によってさまざま

同じように「源氏物語」というタイトルも、不変のものではありませんでした。「紫文」「紫史」「源語」……。これらはすべて、「源氏物語」を指す言葉として使われてきたものです。漢文の形式にならったもので、主に江戸時代以降に使われました。

このように、我々が当たり前のように「源氏物語」と呼ぶ物語には、かつてさまざまな名前が与えられていたのです。実際に『紫式部日記』には、「源氏の物語」という呼び方が記されています。ほかにも、『更級日記』や前田家所蔵の『水鏡』など、平安末期までに成立した作品には、同様の呼び方が記されています。これに対して、江戸時代の国学者・山岡浚明は、「源氏の物語」は後世の呼び方であり、「紫の物語」が本来のものであると主張しました。

それ以外として、天台僧・澄憲によってつくられた『源氏一品経』には「光源氏の物語」という呼び方が、『吾妻鑑』をはじめとする鎌倉時代の史料には「光源氏物語」という呼び方が、それぞれ記されています。

多種多様な呼び方が確認できる理由については、いずれも作者自身が命名した書名ではないからではないかともいわれています。

物語の主軸は「光源氏と藤壺の姦通」なのか

次いで物語の構成と主題について考えてみましょう。物語のなかで起きた最初の重大事件、それは光源氏と藤壺の姦通でしょう。この第一の姦通事件は、第二、第三の事件とも因果関係を持ちます。「源氏物語」の構成の主軸は姦通事件にある、という少々ショッキングな説が唱えられる所以です。

ひとつの壮大な大河小説と思われがちな「源氏物語」ですが、丁寧に内容を腑分けしていくと、主題の異なるいくつかのパーツが集まって成り立っていることが分かるでしょう。この物語には「並びの巻」と分類される巻が複数存在しますが、これらは物語上のとある事件と同時期に起きた別個の事件を描くために生じた外伝である、という説があります。言うなれば、この五十四帖は光源氏を主人公としたシリーズの、スピンオフを含んだ完全版だというのです。