一方、公正証書遺言は、公証役場でつくる遺言書です。作成にはそれなりの費用がかかりますが、内容に不備がある場合はプロに指摘してもらえますし、つくった遺言書は公証役場に保存されるので、「遺品を探したけれど遺言書が見つからなかった」という事態を避けることができます。さらにいえば、遺産というのは法定相続人が受け取るのが前提。それをいわば「赤の他人」に譲ろうとするわけですから、やや例外的なケースといえます。だからこそ公正証書遺言にしたほうが安心なのです。

【図表】費用と手間はかかるが、断然おすすめ 「公正証書遺言書」の作り方

そしてもう一点、大事なのが「遺言執行者」を決めておくこと。遺言執行者とは、遺言に書いてある内容を実行する人、つまりあなたの財産を動かすことができる人です。

あなたが亡くなったことを銀行が知ると、あなた名義の銀行口座は凍結されます。しかしあなたは自分の死後、自分が銀行に預けたお金を家族ではない相続人に引き継ぎたい。ということは、誰かが銀行からお金を引き出して、相続人に渡さなければなりません。その「誰か」が遺言執行人なのです。

ただし遺言執行者を法定相続人でない友人や知人にすると、おそらく銀行の担当者はすんなりと預金を引き出させてくれないと思います。たとえば「あなたが故人から財産の管理を任されたことを証明してください」「故人に相続人がいないことを、戸籍謄本とうほんなどで証明してください」などといわれるはずです。戸籍謄本を持って行ったら行ったで、「あれ、弟さんがいるじゃないですか」「でも故人は、弟さんとは何年も連絡をとっていなかったそうですよ」「でも一応決まりなので、弟さんの同意書をもらってきてください。そうでなければ預金は移せません」ということになる。こんな面倒くさいことは、一般の人にはまず無理でしょう。しかし弁護士や司法書士などの法律家であれば、仕事として日常的に行っていることですから、苦もなく実行してくれます。したがって遺言執行人には法律家を指名するのがおすすめ。遺言書には遺言執行人の名前も書くことができるので、そこまで書いておいたほうが安心でしょう。

また、遺言書には遺産の配分や親権の確認などを書くことが定められていますが、「なぜ、このような遺言をするのか」という理由も「付言ふげん事項」として書いておくことができます。法定相続人がいるのに、知人・友人・団体などに財産を譲る場合は、「この人がこんなふうに私を長年支えてくれたから」「この団体のこんな理念に共感したので、私の遺産はその活動に役立ててもらいたい」というように理由を付言事項に書いておくことで、将来のトラブルが回避できるでしょう。

後見人選びは認知症になる前に済ませよう

「いまは元気だからいいけれど、将来認知症になってしまったら、遺言書の存在を伝えることすらできないかもしれない」という心配もよく聞きます。確かにおひとりさまが認知症になれば、思い通りの相続を行うことは難しくなるでしょう。そこで知っておきたいのが「成年後見制度」です。

成年後見制度とは、認知症などで判断力が低下してしまった方に代わって「成年後見人」が財産の管理を行う制度のこと。成年後見人には2種類あり、すでに認知症が進行し判断力が低下してしまった人(あるいはその家族など)が、「支援する人をつけてほしい」と裁判所に申し立てることでつく人を「法定後見人」といいます。

もう1種類が「任意後見人」。いまは判断能力に問題はないけれど、将来のために自分自身で後見人を選んでおく方法です。契約を締結する際、後見人の権限内容を自由に決められる点がメリットです。

後見人になれるのは①家族、②弁護士・司法書士など法律の専門家、③社会福祉士など福祉の専門家、④生前契約を請け負うNPO団体・社会福祉協議会・民間企業などですが、信頼できる人(組織)かどうかは自分の目で確かめる必要があります。

ここまで見てきたように、法定相続人以外に財産を譲るための手続きは簡単ではありません。「やはり自分のお金は自分で使い切って死ぬのが一番だ」と思うかもしれません。しかし自分の死期はわからないもの。それまで生活費・医療費がいくらかかるかもわかりません。途中でお金が足りなくなるよりは、余ったほうがいい。そして余ったお金についてはしかるべき手を打っておくのも、おひとりさまの務めではないでしょうか。

PART2 死後に迷惑をかけないために……「死後事務委任契約」活用法

死後の事務を一括で頼める「死後事務委任契約」とは

遺言書についてはパート1で説明しましたが、実は遺言書に書くことができるのは、基本的に財産の相続に関することだけです。しかし自分が死んだあとの後始末を頼める家族を持たない「おひとりさま」にとってみれば、言い残しておきたいことは、まだまだたくさんあるのではないでしょうか。

たとえば病院で亡くなったとしたら病院への支払いは誰がするのか。遺体をどのようにしてほしいのか。葬儀や供養はどうするのがベストか。自宅に残った遺品の処分など、心配ごとだらけといってもいいでしょう。

そこで知っておきたいのが、「死後事務委任契約」という方法です。これは葬儀・供養から始まり、遺品整理や各種の届け出、生前に結んだ契約の解除、所有していた不動産の売却など一切の事柄を、「相続人以外」に行ってもらうための契約をいいます。どんなことを頼めるかは、のちほど詳しく説明します。

【図表】死後の手続きを一任できる! 「死後事務委任契約」とは

死後事務委任契約を結ぶ相手は、行政書士や司法書士など法律の専門家の場合もありますし、友人などでもかまいません。専門家に依頼する場合の契約金の目安は100万円前後で、内容によって異なります。

実はいま、「おひとりさま」の増加にともない死後事務委任契約を請け負う企業がたくさんあります。このような企業をネットで探してもいいですし、お住まいの地域の社会福祉協議会・地域包括支援センターなどでも紹介してくれます。ここからは死後事務委任契約を請け負う人を「請負者」と呼ぶことにしましょう。