ロンドンオリンピックの陸上男子100mと200mは、ウサイン・ボルトが優勝して、オリンピック史上初の2連覇を成し遂げた。ボルトの走りを見ていると、日本人とは走る能力に生まれつき差があるような感じがする。走りの遺伝子が違うんじゃなかろうか、と思った人も多いだろう。

運動能力に関連する遺伝子は80種類以上知られており、これらの遺伝子の組み合わせにより、遺伝的な走力は決まってくると考えられる。瞬間的なパワーを出す「速筋」の形成には「ACTN3」と呼ばれる遺伝子が深く関与しているとみられているが、この遺伝子のタイプは民族によって多少とも異なっている。

「この遺伝子のタイプを調べると、ジャマイカ、アフリカ系米国人は9割以上がRR型かRX型であることが判明した。日本人は、ジャマイカ、アフリカ系米国人にはほとんどいないXX型が約2割を占めるという調査結果がある」(2012年7月26日付 産経新聞)

日本人でも100mで10秒0台を出したトップ選手は全員がRRかRX型で、XX型は好成績を出せないようだ。遺伝子を検査してXX型だったならば、短距離選手になろうとしない方がよさそうだ。とはいえ、RR、RX型でも、それだけではダメなようで、他にもいくつもの遺伝子が関与しているのだろう。将来、どんな遺伝子の組み合わせが最適かが分かるようになれば、最適タイプを選別して、オリンピック選手を養成するようになるかもしれない。

さらに科学が進めば、遺伝子改造して走りに最適なタイプを作れるようにさえなるだろう。ドーピングや人体改造を禁止しているオリンピックの精神からして、この人は出場を許されないだろうが、病気の遺伝子治療をした結果、すばらしく速く走れるようになった人はどうなのだろう。

人体改造といえば、南アフリカ共和国のオスカー・ピストリウス選手が話題になった。先天性の身体障害でカーボン製の義足を付けてロンドンオリンピックに出場した。障害者がパラリンピックではなく、オリンピックに出場できるのはすばらしい、との意見がある一方、カーボン製の義足は反発力を増し、人体改造につながるとの批判的な見方もあるようだ。

科学の進歩は、人工的な身体能力の増強を推し進めるだろう。大きな苦痛もリスクもなく遺伝子改造をして能力がアップするならば、これを止める術はない。たとえ身体障害者でなくても、手軽な身体補強装置を付けるだけで、素早く動けるようになれば、健常者にも普及するに違いない。オリンピックには出場できなくても、オリンピック選手より速く走れる人も出現すると思う。

私はかつて「サイボーグ・オリンピック」と題するエッセイを書いたことがある(『虫の目で人の世を見る』平凡社新書 所収)。

初出は1995年の毎日新聞で、50年後の未来についての予測を書いたものだ。人体改造者の運動能力が画期的に高まったため、人気も金もサイボーグ・オリンピックに集まり、生身の(本来の)オリンピックには閑古鳥が鳴くという話だ。書いた当時は夢物語だったが、どうやら現実になりそうですね。