「百害あって一利なし」は最悪の禁煙指導

3)同調バイアス

象は周りの人と同じ行動をしたくなる習性があります。例えば学生時代に喫煙者に囲まれたP氏は、非喫煙者だらけのサークルに入っていたQ氏よりも喫煙者になる可能性が高くなります。「皆が吸っているから吸っている」「タバコ部屋から1人だけ抜けづらい」と同調バイアスが強まると、禁煙意志があっても禁煙が難しくなります。

次の問いをご覧ください。

S氏は「喫煙は百害あって一利なし」、T氏は「禁煙しないと20年後に肺がんになるリスクが高まる」といった禁煙指導をしています。これらの禁煙指導を受けた時、喫煙者はどんな反応をするでしょうか?

喫煙者の習性を把握していないと、つい正論ばかり言いたくなりますが、象は正論を言われるのが嫌いです。S氏は喫煙者を不快にする一言を言ってしまいました。百害あることは、タバコのパッケージに書いてあるので、皆知っています。「一利なし」は、喫煙者の価値観を全否定です。喫煙者は「リラックスできる」「おいしい」「コミュニケーションツールになる」といったメリットを感じています。

それにもかかわらずS氏のように「あなたのしていることは全て無意味です」と一刀両断するような指導を受けると、象は大暴れしたくなります。この指導こそが、百害あって一利なしです。

「腹が立ったのでタバコを吸う」人が多い

T氏の指導もあまり好ましくありません。現在バイアスが強い象には、20年後のことを言われても響きません。楽観性バイアスの強い象に「肺がんになる」と言っても、「いや、私はならない」と受け取りやすいです。

そして象は頭ごなしの正論を言われるのが嫌いです。「不快感を覚えると、リスクに対しておおらかになる(※5)」というハーバード大学の研究が示すように、「ズバリ言われて悔しいから、禁煙してやる」となるよりも、「腹が立ったので、タバコ部屋に行く」となる確率のほうがずっと高いのです。

象の習性がエビデンスを通じて明らかになってきています。私は、エビデンスを軽視した指導が行われているのを見ると、象に対するリスペクトが足りないと感じ、悲しくなります。禁煙できない喫煙者を非難する前に、まずは象を暴れさせる禁煙指導をしていないか、振り返ってみてはいかがでしょうか?