「獺祭(だっさい)」で知られる旭酒造(山口県岩国市)が、ニューヨーク州に工場(酒蔵)を建設し、9月19日に現地生産を開始した。現地ではアメリカ人社員を採用し、酒米の一部はアーカンソー州でも栽培している。なぜそこまでして海外展開に挑むのか。72歳で妻と共にニューヨークに移住した桜井博志会長を現地で直撃した――。(取材・執筆=ジャーナリスト・永井隆)
旭酒造の桜井博志会長
筆者撮影
旭酒造の桜井博志会長

ボトル1本1万5000円で提供

――ニューヨーク市中心部からハドソン川に沿って北に向かい、車で2時間ほど。ここニューヨーク州ハイドパークに建設した酒蔵(工場)から、出荷が始まりました。マーケティング、そしてモノづくりの両面で、これからどう展開していくのでしょうか。

【桜井博志会長(以下、博志会長)】純米大吟醸「DASSAI BLUE(ダッサイ・ブルー)」としてニューヨーク州で9月25日から、流通を始めました。1990年発売の日本の「獺祭」に対し、ダッサイ・ブルーと名付けたのは「青は藍より出でて藍より青し」とのことわざから取りました。

マンハッタンを中心にニューヨーク市の高級レストランに、まずは売り込んでいきます。最初は和食店が中心で、「WANO New York」ではボトル(720ml)1本100ドル(1ドル150円で1万5000円)で提供します。おまかせコースが1人200ドル(同3万円)の高級店です。また、寿司店の「Tatsuda Omakase」ではグラス1杯14ドル(同2100円)での提供が決まっています。

日本食に限らず、高級ステーキハウス、牡蠣料理の店、フレンチ、イタリアンなど、高級レストランを攻略していく考えです。

「量を追わず、価値を提供していく」

大トロと日本酒が合うように、私はアメリカンビーフとダッサイ・ブルーは合うと思います。社長(長男である桜井一宏氏)は、クリーミーな生牡蠣と合うと話してます。なお、日本で生産していないので、ダッサイ・ブルーは日本酒ではなく、厳密には「SAKE」となります。

――一気呵成かせいにニューヨークの名店を攻めるのでしょうか?

【博志会長】逆です。「焦るな」と現場には伝えてます。初期の成功を追うあまり、自分たちのスタイルを失うと失敗します。特に、ダッサイというブランドのエッジが崩れてしまうと、すべてを失ってしまう。シェア(市場占有率)という量を追うのではなく、あくまで価値を提供していくのです。このため、最初は小さく入っていきます。ここが、(装置産業であり大量生産を前提とする)ビールとは違う点です。

5、6年かけて、ニューヨークで地歩を固めてから、全米へと打って出る計画です。

〈一宏社長は言う。「0.2%への挑戦なんです」。国税庁の調査では、米国のアルコール市場は、消費金額ベースで2169億3400万ドル(同約32.5兆円)。ビール、ワイン、ウイスキーがその6割を占める。日本酒は(SAKEを含めて)4億200万ドル(同約603億円)と、市場のわずか0.2パーセント。「日本酒は“日本食のお供”でしかないことが、0.2%しかない理由です」〉
ニューヨーク州の北部、ハイドパーク市に建設された「ダッサイ・ブルー」の工場
筆者撮影
ニューヨーク州の北部、ハイドパーク市に建設された「ダッサイ・ブルー」の工場