「運のいい人」とは科学的にはどういう人なのか。脳科学者の中野信子さんは「運のいい人は能力の高さで決まるわけではなく、他者に対する行動で大きく決まる。これは紀元前の時代から証明されている」という――。

※本稿は、中野信子『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

お札を差し出す人
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座る前に周囲への配慮、できていますか?

たとえば仕事帰りの込んでいる電車で、自分が立っている前の席が空いたときに、自分が座ってしまう前に、まわりにお年寄りや妊婦さんがいないかを確かめることができる人。

あるいは、雨の日の狭い道。人とすれ違うときに、相手に傘がぶつからないように、そして傘から落ちるしずくで濡れないようにするために、ていねいに傘を傾けることができる人。

仕事でトラブルが起きたとき、「私はできることはやりました」と言い張るのではなく、「私にミスはなかっただろうか」「私がもっとできることはなかっただろうか」と考えられる人。

たとえばこんな人でありたい、と私は考えています。

要は、自分さえよければいいと考えるのではなく、きちんと他人のことを思いやれる人。ここぞという場面だけでなく、日々のちょっとした出来事の中でも、他人のことを思いやれる人でありたい、と考えているのです。

実は、これができる人が運のいい人、ともいえるのです。

このことは生物の歴史が教えてくれます。

脳が小さい現生人類はなぜ生き残れたのか

私たち現生人類(ホモ・サピエンス)の亜種とされているひとつに、ネアンデルタール人がいます。

ネアンデルタール人は、いまから約20万年前から3万年前までに、ヨーロッパや中東アジアに住んでいました。

ネアンデルタール人がなぜ絶滅してしまったのか。その謎はまだ明確になっていませんが、一説には、現生人類の一派であるクロマニヨン人の攻撃によって絶滅したとされています。

ネアンデルタール人と現生人類の脳の大きさを比べると、ネアンデルタール人の脳の平均的容積は男性で約1500ccなのに対し、私たち現生人類は約1400ccと、ネアンデルタール人のほうが大きいのです。このことから、少し前までは脳の小さい現生人類が生き延びることができたのは、ネアンデルタール人よりも攻撃性があったから、という説が有力視されていました。

しかし最近の解釈は変わりつつあります。

というのは、脳全体の大きさは現生人類よりネアンデルタール人のほうが大きいのですが、脳の中の前頭葉という部分は、現生人類のほうが大きいということがわかったのです。

前頭葉は、人の言語活動、運動、精神活動などを担う部分ですが、前頭葉の中でもとくに前頭連合野は、思考や創造を担当する重要な部分です。未来を見通す力、それに基づいた計画づくり、利他の概念、社会性など、人間らしい思考を行うのです。