3.血糖値を下げる薬で寿命が縮む可能性も……

血圧やコレステロールと同じように、血糖値も「健康な生活」でコントロールできるというイメージがあるかもしれません。

血圧やコレステロールを下げるのは脳卒中や心筋梗塞を予防し、死者を減らすことが目的です。しかし血糖値を下げても脳卒中、心筋梗塞が減るのか、はっきりした数字がありません。

薬で血糖値を下げる目的は、合併症の予防です。糖尿病になると網膜症もうまくしょうで失明したり、腎機能が悪化して透析になったりして生活に大きな影響が出てくるからです。基本的に血糖値が高ければ、薬を服用して数値を下げます。

しかし2000年代以降に、血糖値を下げすぎると副作用によってかえって寿命を縮める疑いが出てきました。ですから現代では血糖値が下がりすぎたら薬を減らすのは、糖尿病内科医の標準的な治療法です。

しかし私自身が診療をして出会うのが、下げすぎた状態で長年放ったらかされた患者さんたちです。血糖値を下げすぎると薬の副作用が増えることを考えないのか、血糖値が低ければ低いほどいいと思っているのか……。そんな医師もいるようなのです。

糖尿病の薬のうち、比較的新しいSGLT2阻害薬というタイプの薬には利尿作用があります。体の水分が出ていくので体重を調整して心臓の負担を軽くできる。そのため心不全の薬としても用いられはじめています。またGLP-1アナログというタイプの薬は食欲を減らして体重を減らす作用があり、ダイエット効果を謳って処方する個人クリニックもあるので学会が難色を示しているほどです。薬の利点を活かすのはいいのですが、果たして患者は副作用を把握しているのか、あるいは医師が説明しているのか。

薬を服用するうえで薬の素性を知ることは大切です。自分で服用する薬に、どのくらいの効果とどんな副作用があるのか調べてみる。論文が読むのが難しかったら医師や薬剤師に聞いてみる。ただそれ以上に大切なのは、自分がどうしたいか。長生きしたいのか。寿命が少々短くなっても好きなことをして自由に生きたいのか。薬を服用する前に考えておくべきです。

IV.生活習慣編

1.減塩しても脳卒中や心筋梗塞の予防効果はない

最後に、巷で言われるように生活習慣を改善すれば、病気にかからずに長生きできるのか考えてみます。

高血圧と診断されてもいないのに「減塩しなさい」と言われて、食事に気を使っている人もいるのではないでしょうか。でも、残念ながら減塩に効果はありません。減塩はエビデンスもないのに、長いこと推奨されてきました。それは世界共通で、世界保健機関(WHO)も減塩を勧めています。WHOの目標は、1日5グラム。一方、厚労省は成人男性で1日7.5グラム、女性で6.5グラムを基準としています。しかし実際は、日本人は平均して1日で10.1グラムの塩分を摂取しています。

不思議なのは全世界で「塩を減らせ」と言っているなかで、日本人が塩をたくさん摂っているにもかかわらず、なぜか長生きだという事実です。

冷蔵庫のなかった時代にはいろいろな食べ物を塩漬けにしていましたから、世界各地で塩分摂取量はいまと比較にならないほど多かったのですが、高血圧が注目されたのはむしろ最近です。なぜなら冷蔵庫がないほど昔には飢餓きがとか感染症の脅威が強く、人は心筋梗塞や脳卒中になる年齢を迎える前に死んでいたからです。

1950年代、日本のある地域では1人で1日27グラムの塩を食べていました。現在の3倍近くの塩分量です。その時代から徐々に塩分摂取量が減ってきました。しかし脳血管疾患による死亡率の推移を見ると、60年代に死亡率が上がっています。そのうえ、高血圧の人の数も減っていない。このデータを見る限り、減塩で高血圧や脳血管疾患を防げるとは信じられません。

最近、塩と血圧の関係について、過去の研究データをすべて集めて検証するという大がかりな取り組みが行われました。これによるとアジア人でもともとの血圧が高くなければ、塩分を減らしても血圧は下がらないという結果が出ました。減塩しても意味がないということです。

ただし、すでに高血圧と診断された人が減塩すると7mmHgくらい血圧が下がるという結果でした。それなら減塩にも効果があるのではないかと受け止める人もいるかもしれません。ただ、血圧を測る習慣がある人ならご存じだと思いますが、血圧はつねに上下します。少し体を動かしだけでも上がるし、部屋が寒くても上がります。同じ日に2回続けて測っても5mmHg、10mmHgの差が出ます。減塩の効果とされる7mmHgは誤差のようなものです。

減塩で血圧を下げる効果はあまりに小さいので、本来の目的にかないません。本来の目的というのは、高血圧が引き起こすとされる脳卒中や心筋梗塞を減らして長生きできるかどうか。その観点で見た同様のデータもあるのですが、塩分を減らしたことで、脳卒中、心筋梗塞を予防する効果は確認できませんでした。

また「薬編」でも紹介しましたが、降圧薬を服用しても心筋梗塞や脳卒中は少し先送りにされるだけです。ましてや減塩しても少しだけしか血圧は下がりません。降圧薬より効果はさらに小さい。だから、高血圧の人が減塩しても病気を防ぐことはできないのです。減塩に意味はないと断言していいと思います。

2.「油は太る」は真っ赤な嘘だった

次に油を控えたほうがいいのかどうかについて考えてみます。

油を控えることに関しては減塩よりも根拠が不明です。長年、油が太る原因になるという間違った考えが信じられていました。その影響で定番となっていたのが低脂質食ダイエットです。しかし低脂質食ではお腹が空きます。それよりも、米やパンのほうが太る原因だったのです。

ダイエットのために食事全体を少なめにした場合、全体の量が同じなら油の割合が高めのほうが痩せる効果が高まります。最近、盛んに行われている糖質制限ダイエットがそうです。

糖質制限ダイエットとは、食事のなかで、糖質が多くふくまれる米やパンを減らし、油は減らさない痩せ方です。食事を減らせば痩せるのは当たり前ですが、そんなことをしたらお腹が空いて続かないので、なるべく満腹感を維持したまま痩せようという工夫から誕生したのが、糖質制限ダイエットと言えるでしょう。

3.瘦せるために運動しても徒労に終わる

運動も生活習慣改善の文脈で勧められるもののひとつです。年を取っても運動をすればそれなりに筋肉がつきます。年を重ねるにつれて、レベルを徐々に下げていくとしても、運動は続けていくべきだと考える人は少なくないと思います。それも一理あります。運動が好きな人はぜひ続けてください。

日本では不慮の事故で年間5万人の人が亡くなっています。そのうち転倒して死亡した人が約8000人。転ばないように筋肉を維持するのも重要かもしれません。

ただし好きでもないのに、健康のためにムリに運動する必要はありません。運動によって、逆に転倒してケガをして健康を害してしまうリスクもあります。当然、どんなに鍛えたとしても、誰もがいつかおとろえて動けなくなります。歩いていた人がいずれ杖をつくようになり、車いすに乗り、やがて寝たきりになる……。それが遅いか早いかの違いだけです。むしろ筋肉がおとろえるまでに病気で死ななかったことは喜ばしいとも考えられます。

痩せるために運動をしている人も多いと思います。実は、運動で消費されるカロリーは非常に少ない。運動後にスポーツドリンクを飲んだだけでチャラになってしまう程度のカロリーしか消費しません。運動だけでは痩せないと言っても過言ではないのです。

06年当時の研究データをすべて集めたデータによれば、食事制限だけで2.3〜16.7キログラム減るのに対し、運動に加え食事制限を行った場合は3.4〜17.7キログラム減るという結果が出ました。その差はおよそ1キログラム。ただ痩せたいだけなら、運動よりも食事制限に気を使ったほうが近道です。

【図表】運動してもほとんど痩せない 食事のカロリーを消費するのに必要な運動量