健康診断を受けて高血圧と診断されたので、医師の指導で減塩に励んでいる人は少なくないだろう。しかし、「減塩はムダ」だと言うのは、医師の大脇幸志郎氏だ。健康診断と医療ビジネスの裏側について、9月22日(金)発売の「プレジデント」(2023年10月13日号)の特集「知らなきゃ大損!『健康診断』のウラ側」より、記事の一部をお届けします――。

I.健診編

1.健康診断にメリットがないエビデンスとは

健康診断は、健康状態を確認し、病気を予防する目的で行われます。ですが、結論から言えば、健康診断に健康上のメリットはほとんどありません。

2019年に、過去の研究データをすべてまとめた論文が発表されました。その中で、健康診断を行った人と行わなかった人で、病気による死亡率に差がつくかどうか検証しています。論文の要旨にはたった一行こう記されています。

〈全体的な健康チェックが有益である可能性は低い〉

この結論は、健康診断を行った結果、ガンによる死亡率、あるいは心筋梗塞しんきんこうそくや脳卒中による死亡率が下がっていないというエビデンスに基づいています。それは、健康診断で治療できる病気が都合よく見つかる可能性は極めて低いからです。

なかには自覚症状がないうちに病気が進行し、気づいたときには手遅れになってしまうのではないかと心配して、健康診断を受ける人もいるでしょう。しかし、そうした恐ろしい病気はそれほど多くはありません。そもそも早期発見と早期治療によって治療効果が高まる病気はごく一部です。ほとんどの病気はどんなに正確な検査があろうと早期発見しても結果は変わりません。

もうひとつ知っておいてほしいのが、検査による害です。

レントゲンによる放射線被曝ひばくによって発ガンしたり、内視鏡を挿入したときに体のどこかが傷ついたりするかもしれない。非常にまれにではありますが、こうした危険性はゼロではありません。より注意しなくてはならないのは、異常が見つかったあと――いわゆる過剰診断の問題です。

それまでは問題なく生活していたのに、健康診断で異常が見つかって、手術をしたものの合併症で感染症にかかったり、患部の周囲を傷つけて機能障害を負ったりするケースがあります。

たとえば、前立腺ガンの手術を受け、排尿機能や勃起ぼっき機能にかかわる神経が傷ついて障害が残ってしまう場合があります。結果的に、将来の前立腺ガンから命を救われた人もいる半面、放っておいても悪さをしないガンを切ったことで、障害を負ってしまう人もいる。実は、ほかの死因で亡くなった人を解剖すると前立腺ガンが見つかることがよくあります。前立腺ガンに限らず、放っておいても大丈夫な病気はたくさんあるのですが、病気を見つけたら治療をしたくなってしまうので、調べないほうがいい場合も多いのです。

過剰診断という点で見逃せないリスクがもうひとつあります。

健康診断を受け、ガンなどの疾病が見つかったとします。本人の心理面以上に深刻なのが、社会的な影響です。もしもあなたが会社の人事部で採用担当だったとしたら……。健康状態の欄に、数年前にガンと診断され、経過観察中だと記されていたらどう受け止めるでしょう。健康に不安があるのなら採用を見送ろうと考える人もいるのではないかと思います。

もちろん合理的な理由がない場合、病歴で不採用にするのは違法ですが、どこでバイアスがかかるかわかりません。同じことが結婚でも起こる可能性がありますし、保険に加入できなくなるかもしれません。

2.人間ドックは健康診断よりハイリスク

そうした前提に立てば、より多くの検査を行う人間ドックも、効果よりリスクが高いことがわかっていただけるのではないでしょうか。

一般的な健康診断さえ、ほとんどが効果がないのは、見つけなくてもいいものを探しているからです。人間ドックによって検査を付け加えても、ムダが増えるだけです。同様に「ワンコイン健診」も考え方がおかしい。ワンコインで気軽に健診を受けられるというのが「ワンコイン健診」のウリなのでしょうが、立ち止まって少しだけ考えてみてください。

自覚症状がないのに、なぜ健診を受ける必要があるのか。目的がないのに、検査を受けてどうしたいのか。現在の健康状態の確認のために「ワンコイン健診」を受ける人がいるかもしれませんが、いま生活に不自由を感じていなければ、それが健康の定義です。

3.メタボ健診を受けても寿命は延びない

08年からはじまったメタボ健診にもリスクがともないます。メタボ健診はみんなが痩せれば、病気が予防されて、医療費が削減できるという考えで推奨されているのだと思います。しかし、それは完全に間違った考え方に基づく、自業自得論にほかなりません。

理由は3つあります。

第1が好きな物を食べて太っても個人の自由だという倫理的な問題があります。第2に社会全体の医療費削減のためだとはいえ、太っている人ばかりに痩せる努力を強いるのは不公平です。第3に、メタボ健診に寿命を延ばす効果はありません。

確かにメタボリック症候群と呼ばれる太った人に、心血管疾患が多いのは事実です。ただ注目していただきたいのが、メタボとは何か、ということ。

オーバーウエートの度合いを測るBMI値〈体重(キログラム)÷身長(メートル)÷身長(メートル)〉という数値があります。様々な研究から25前後が寿命を延ばすのにベストな値だと言われています。しかし、メタボはオーバーウエートとも異なるし、高血圧でも高コレステロール血症でも糖尿病でもない。どの病名にも当てはまらないけど、どれも少しずつ数値が悪い。その状態をメタボと呼んでいるにすぎません。

9月22日(金)発売「プレジデント」(2023年10月13日号)の特集「知らなきゃ大損!『健康診断』のウラ側」では、本稿のほか、高血圧や糖尿病など身近な医療の不安や不満をテーマに、一生使える最新情報を満載しています。