最大の試練、子会社の立て直しで取った戦法

僕がこれまでのキャリアの中で最大の試練を迎えたときも、面グラフが助けてくれました。家具部門を統括していた子会社コクヨファニチャーの経営を任された2010年、僕が35歳の頃のことです。

2008年9月に起きたリーマンショックの影響で、国内の家具事業の売り上げが1500億円から1100億円に激減し、約40億円の営業損失を出したのです。これをいかに黒字転換するか――。それがコクヨファニチャー社長に就任したばかりの僕に課せられたミッションでした。

僕は本部長を全員呼び寄せ、まずはコクヨファニチャーの「卸売り」と「直販事業」の割合を並べた面グラフを見てもらいました。その頃の家具事業の売上構成は、「卸売り」が6割、「直販」が4割。卸売りはしっかり利益を出していたのですが、直販が大赤字だったのです。

なぜ赤字のまま直販を続けているのか。それはお客様との接点を持つことで、生の声を聞くためでした。つまりはマーケティング活動のためです。たしかに、お客様の声を聞くことは大事なことです。

しかし僕が書いた面グラフを見て、「これだけの赤字を出してまでマーケティングをする意味はあるのか」と、全員がはたと気づくわけです。そこで「(直販)事業廃止か、黒字化か」の選択に迫られることになりました。

この状況を他の経営者が見たら、10人中10人が直販事業を廃止するでしょう。直販事業をやめて卸売りを強化すれば、1年で黒字化できるのは明らかでしたから。しかし、コクヨとしてはどうあるべきか。

本部長全員で話し合った結果、僕らは常識とは反対の道を選ぶことに決めました。全本部が一丸となって、直販事業の黒字化を目指そうということで意見が一致したのです。そこからみんなで面グラフをにらみながら、黒字化策を考えていきました。誰かが策を一つ発案するたびに、僕が面グラフを書く――。そのようにして何枚も何枚も書いていきました。

面グラフは手書きですから、大雑把な絵に過ぎません。しかし、私と本部長たちが数字のみで捉えていたイメージと、実際に目にする面積が異なることも多く、対策の優先順位を考え直すきっかけを与えてくれました。こうして、みんなで何時間もこの作業を続けているうちに、直販事業を黒字に転換し、利益を出す経営計画案が出来上がったのです。ずいぶん前のことですが、本部長みんなで数字と格闘したあの日のことはいまも鮮明に覚えています。

世の中の変化に負けたくない

2015年、僕が39歳のときに父から経営を受け継ぎました。僕が創業家の人間だという自覚は常に持っています。自分のささいな言動も、会社の方針や意思決定だと受け取られてしまうことも理解しています。これは僕にとって非常に怖いことです。

社長就任以来、さまざまな変革を行ってきました。「コクヨとして、こうなりたい」との僕自身の強い思いがあったからです。もしかしたら、コクヨの変革は5代目の僕が独断専行で進めていると思っている人がいるかもしれません。たしかに、最終決定を下すのはトップの役割です。しかし、会社が進むべき道を決めるのは、最終的にはお客様だと僕は考えています。

コクヨは2025年に創業120年を迎えます。長い歴史を持つ企業ではありますが、「世の中の変化に負けたくない」というのが正直な思いです。僕らに世の中を変えることはできませんが、世の中が激変し、お客様の望むライフスタイルが変わっていくなら、コクヨもそのスピードに合わせて、全力で社会における「役立ちかた」を見直していきます。その覚悟を持って今朝も、明日の朝も、A3の方眼ノートの上に会社の未来を描き続けています。

コクヨ代表取締役社長・最高経営責任者 黒田英邦氏
撮影=鈴木啓介
(構成=大島七々三)
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