ところが、そんな当たり前のことが言いにくくなってきました。いわゆる「働き方改革」が進む中で、働くことの本質が見えにくくなり、表面的な辻褄合わせが増えてきたからだと思います。

過酷な職場環境がなくなっていくことは良いことです。働きやすい職場は増えていると思います。いわゆる「ホワイトな職場」です。ところが、そうした職場を離れていく若手社員が増加していることが、近年話題に上るようになってきました。なぜでしょうか?

先にも書いたように、働いている限り負荷はかかるし、より成長しようとすればその負荷は強まります。そのことときちんと向き合わないままに制度をいじったりしたことが一番の原因だと私は思います。

オフィスで働く女性
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長時間労働が改善するのはいいことだが…

たしかに日本の職場では長いこと「働き過ぎ」が問題になっていました。2016年にノルウェーの哲学者が書いた本にこんな一節があります。

働きすぎて死んでしまうことを一語であらわすことばは、英語にはない。それは日本語では過労死と呼ばれ、中国語では「グゥォラオスー(過労死)」と呼ばれる。(ラース・スヴェンセン著・小須田健訳『働くことの哲学』紀伊國屋書店)

この後に続いて「過労死はヨーロッパとアメリカにも見られる」とも書かれていますが、「日本は働き過ぎ」という問題意識は強く存在していました。そして、いろいろな事件が起きる中で法制度も変わり、いわゆる「ブラックな職場」は減少してきていると思います。

しかし、成長したいのであれば一定の負荷が必要であることは、先にも書いたように明らかです。これを人材育成の世界では「ストレッチ」と呼びます。英語で使われる表現がそのまま持ち込まれているのですが、要は体をグーンと伸ばす「背伸び」のイメージです。

その時は、いつもよりも体に負荷がかかります。長時間椅子に座っていた後に「伸び」をする感じですが、もし本格的にストレッチをおこなえば痛みを感じることもあるでしょう。

キャリアにおけるストレッチも全く同じです。今よりも、もっと高いレベルの仕事、大きなプロジェクトに取り組もうとすれば負荷が増します。その加減をどうコントロールするか? ということは職場において最も大切なテーマの一つです。

「職場に不満はないけれど、将来が不安」という人が増えたワケ

ところが、働き過ぎを防ぐことに注目が集まった結果、適切な負荷のかけ方が見失われてしまいました。その結果として、「職場に不満はないけれど、将来が不安」という人が増えているといいます。

「不満転職」ではなく「不安転職」が増える。この現象を聞いて、ちょっと懐かしい気がしました。実は私自身が2005年に書いた本の中で、そのような現象を指摘していたからです(『話せぬ若手と聞けない上司』新潮新書)。