「電話」のイメージは、世代によって大きく異なる。ライターの速水健朗さんは「いまの若者にとってはスマートフォンになるだろうが、私のような団塊ジュニア世代が若者だったころには『コードレスホン』が欲しい電話の象徴だった」という――。

※本稿は、速水健朗『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』(東京書籍)の一部を改稿・再編集したものです。

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写真=iStock.com/ShotShare
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黒電話が不便だなんて想像したこともなかった

電話は、世代を明確に分ける指標となるメディアである。73年生まれ世代は、黒電話を知る世代。そして、プッシュ式、テレフォンカード、留守電機能、キャッチホンが子どもの頃に登場した。これらの機能があったとしてもかつての電話は今のそれとは別のものである。ただ、のちに電話が進化するまで黒電話が不便だなんて想像すらしたことはなかった。

当時は、電話をかける際に、6~8桁の番号(市外局番を省いて)をダイヤルでぐるっと回していた。プッシュ式に変わっても番号を手動で入力する手間は変わらないが、番号を記憶する際の覚え方が変わったかもしれない。当時は、よく使う自宅や友人の番号は、誰しも記憶していたものだ。3、4度かける機会があれば覚えてしまったのか、または覚えた方が早いという意識があった。人類史を振り返っても、7、8桁のランダムな数字を複数、記憶に残している人々が生きていた時代は他にないだろう。

もちろん、覚え切れない番号が大半で、部屋の電話の周りには、さまざまな連絡先のメモがベタベタと貼られていたし、電話機にもその電話の番号を書いたメモが貼られていたし、自宅、公衆電話ボックスから飲食店まで周辺、あちこちに分厚い電話帳が置かれていて、電話をかけるたびに、それらを参照していた。

番号を内蔵のメモリー装置に保存したりリダイヤルや着信履歴ができたときに黒電話世代は感動を覚えたはずなのだが、それらの機能を体感した瞬間のことをすっかり忘れてしまっている。

コードレスホンの登場による「大きな変化」

1990年の『POPEYE』4/18号を眺めていて、やたらコードレスホンの広告のページが多いことに気がついた。クルマ、タバコ、コードレスホン、オーディオ、ジーンズ、コードレスホンといった順である。グッズ紹介のページには、留守電機能付きのコード付き電話機が紹介されているので、まだ電話自体が注目のグッズで、コードレスではないタイプも残っていた時代でもあった。


  もしも、誰にも邪魔されず一人で電話をしたいと思ったら。
  もしも、庭先で星を見ながら長電話したいと思ったら。
  もしも、デート3回ガマンして自分専用の電話をほしいと思ったら。
 

この3つは、京セラのコードレスホンの広告のキャッチコピーである。電話が1人1台ではなく、家族と共有して使うものだった時代に自分専用の子機を部屋に置いておくことは、ぜいたくなことだったのだ。電話は、親や兄弟らに内容を聞かれないよう、ひそひそ声でするものだった。

電話機が置かれていた場所も、玄関や廊下である。冬は寒い。長電話をするためには、防寒の準備をする必要もあった。子機やコードレスホンが登場し始め、自分の部屋にそれを持ち込めるようになるという変化は、10代の少年少女にとって大きな意味を持っていた。