2019年11月、就職活動のために上京した女性が、空港のトイレで赤ちゃんを産み、殺害した容疑で逮捕され、2021年9月に実刑判決を受けた。児童精神科医の宮口幸治さんは「彼女のIQ(知能指数)は、正常域と知的障害のはざまの『境界知能』に相当していた。このように、知的なハンデがあっても気づかれずに裁かれ、判決が下されることがあるのは恐ろしいことだ」という――。(第1回/全3回)

※本稿は、宮口幸治『境界知能の子どもたち 「IQ70以上85未満」の生きづらさ』(SB新書)の一部を再編集したものです。

夜の海岸に一人で立っている女性のイラスト
写真=iStock.com/Jorm Sangsorn
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「IQ70以上」だと障害とは判定されにくい

知的障害には、おおむね「IQ70未満」という基準があります。逆にいえば、原則として「IQが70以上」あると、社会生活を送る上で生きにくさを感じていても知的障害とは判定されにくいことを意味します。IQが72、73、74などと70を少し上回っただけで、「知的には問題ない」、「知的障害ではない」と診断されるケースも多々みてきました。

エントリーシートの質問がわからないKさん

Kさんは、小学生の頃から授業についていけないことがあり、母親からよく叱責しっせきを受けて育ちました。それでも成績はおおむね「3」の評価で、目立つトラブルもなく、どちらかというとおとなしい子どもでした。大学に進学し、2年のときには、ハワイに短期間のインターンシップ留学をして職場体験を経験しました。

Kさんの夢はキャビンアテンダントになることです。4年生になるとKさんは、就職活動のためにたびたび上京し、航空業界やホテル業界を中心に就職試験を受けます。しかし、企業に提出するエントリーシートの質問の意味がわからず、空欄ばかりになることもありました。

実はKさんは、誰にも言えない秘密を抱えていました。就職活動をしながら、臨月の身だったのです。両親はこれまでになく喜んで就活を応援してくれます。「関係が崩れるのが怖い」と思い、相談できません。

2019年11月、就職活動のために上京した羽田空港のトイレでKさんは赤ちゃんを産み落とします。そして直後に殺害。遺体を紙袋に入れて空港内にあるカフェに向かいます。そこでアップルパイとチョコレートスムージーを注文し、写真を撮影。「頑張っている自分へのご褒美」というコメントをつけてインスタグラムにアップしていました。その夜、東京都港区の公園に移動し、素手で穴を掘り、遺体を埋めました。Kさんは翌日、予定通りに就職面接を受けました。