安倍晋三元首相が銃撃されて亡くなった2022年7月8日から1年がたった。殺人などの罪で起訴された山上徹也被告は、逮捕後の取り調べで、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨みから、安倍元首相を狙ったと話したとされている。コラムニストの河崎環さんは「山上被告の全ツイートを分析した書籍を読んで初めて、頭が良く、努力家でもある山上被告が、なぜ宗教2世としての恨みを安倍元首相に向けたのかがわかった気がした」という――。
故安倍晋三元首相の追悼集会であいさつする岸田文雄首相。2023年7月8日午後、東京都港区の明治記念館で
写真=時事通信フォト
故安倍晋三元首相の追悼集会であいさつする岸田文雄首相。2023年7月8日午後、東京都港区の明治記念館で

山上被告がツイートした2000年のヒット曲

山上徹也被告が、安倍晋三元首相銃撃事件に至る直前まで「silent hill 333」とのTwitterアカウントから発信し続けていたツイート、全1364件。山上は、その中で鬼束ちひろによる2000年のヒット曲、「月光」の動画リンクをツイートしていた。

「私は神の子」「こんなもののために生まれたんじゃない」と歌う女性アーティストへ強い共感を見せ、山上のツイートの中でもひときわエモーショナルだ。久々に聞く鬼束の切々とした歌声が、訴えるように祈るように虚空へ伸びてゆくのを感じながら、私は「そういうことか……」と、事件発生以来1年間抱き続けていた疑問がようやく解け、納得できた気がした。

「こんなもののために生まれたんじゃない」。人生に対する山上の絶望の水位は、襲撃実行の2年半前の時点で、そんなところまで上がっていたのだ。そして、そこから始まったのだ。

全ツイートを分析した書籍

「silent hill 333」の全1364ツイートを完全分析した書籍『山上哲也と日本の「失われた30年」』(五野井郁夫・池田香代子 共著/集英社インターナショナル)が刊行され、話題を呼んでいる。自らも宗教2世である政治学者・五野井郁夫と、『世界がもし100人の村だったら』著者でドイツ文学の翻訳者である池田香代子。彼ら2人が、山上被告と世代的な明暗の経験を等しくするロスジェネ世代(90年代後半から2000年代前半の就職氷河期に社会に出た世代の呼び名)が真に人生から失ってきたものとは何だったのか、を真摯しんしに論じる意欲作だ。

もちろん、どんな事情、背景があろうとも、彼のしたことは許されるものではない。(中略)だが、ことさらに非難するためでもなく、虚心に、ひとりの青年が、数十年にわたってその存在を政治と宗教に翻弄されたがゆえに、人としての尊厳を保つ限界を感じたときに辿り着いてしまったありようを、現代日本の肖像として探求してみたいと思う。(P.3「はじめに」五野井郁夫・池田香代子)