なぜ温かみにあふれた世界を創造したのか

――「横道世之介シリーズ」の主人公、世之介は他人のことを思いやるお人好しの人間です。そんな世之介をめぐる物語は、いつまでもこの世界に浸っていたいと思わせるような豊かさがあります。一方、いまのネット社会では「炎上」ばかりが注目を集めて、殺伐とした空気があります。吉田さんは、そんなネット社会に、嫌悪感や危機感を持つことはありますか。

うーん、お話を聞いていて、自分があまり危機感を覚えていないのはヤバイのかなという気がしてきました……。

――吉田さんはあえて、ギスギスしたネットの世界には存在し得ない、温かみにあふれた世界を創造して、ネット社会にカウンターを当てようとしたのだと想像していました。

いえいえ。たしかに世の中は進歩して変わってきていますし、ネットの世界はキャパが大きくなって全世界的になっているので、いろいろ問題もあるんでしょうけど、「どうか僕を置いていかないで下さい!」と思っているぐらいです。ネットと闘ってやろうなんて一切思っていないし、仮にネットがない時代でも世之介を書いていたと思います。

「リラックス」を最優先する若者が増えている

――ネット社会に憤りも嫌悪も感じていないし、まして闘ってやろうという気持ちなど毛頭ないと。

いや、やっぱり闘っていることにしてもらおうかな。そっちのほうが、「怒れる作家」みたいでかっこいいですよね(笑)。

吉田修一さん
撮影=西田香織
2002年に『パーク・ライフ』が芥川賞を受賞するまでは厳しい下積み時代だったという吉田さん

――ネット社会のエグさや刺激に馴染んだ人たちが、ほのぼのとした「世之介シリーズ」を読もうと思うきっかけは何でしょうか。

実を言うと、僕は昔に比べると世之介っぽい若者が増えてきているような気がするんですよ。必要としているものの優先順位の中で、「リラックス」とか「ストレスのない世界」というものを上位に置いている若者が増えているのではないかと。

僕らの世代にも格好をつけてそんなことを言う人はいるけれど、中身は結構ギラギラしていたりするわけです。でも、いまの若い人と実際に話してみると、本気でその辺を一番に置いている人がいます。だからといって、いまの若者が無気力になっているとは思っていないんですけどね。