がん患者が抱える4つの苦しみ

では、生命にかかわる病気を患う患者さんが抱える苦しみとはどのようなものでしょうか。日本人の死因トップであるがんを例に説明しますが、そのほかの病気も同じだと思っていただいてよいでしょう。

がん患者さんが抱えるさまざまな苦しみのことを、緩和ケアでは「トータルペイン(全人的苦痛)」と呼んでいます。これは、近代ホスピスの生みの親であるイギリスの女医シシリー・ソンダース先生が提唱した概念です。

トータルペインとは、がんの痛みを「身体的苦痛」「精神的苦痛」「社会的苦痛」「スピリチュアルな苦痛」の4つに分類し、これらを総体的にとらえる必要があるとする考え方です。

がん患者が直面する4つの苦痛
がん患者が直面する4つの苦痛

たとえば、すい臓がんの患者さんで考えてみます。すい臓がんはおなかのなかにできるがんですから、つらい腹痛をともないます。これはがんがまわりの組織に広がって起きる痛みで、身体的苦痛です。

がんが進行するにしたがい、夜も眠れないほど痛みが強くなり、それが原因でだんだんと気持ちが落ち込む。精神的に追い詰められていきます。これが精神的苦痛です。

「スピリチュアルな苦痛」最も根源的な苦しみ

さらには、その方が仕事をされていたとして、がんの痛みによって仕事を休まなければならなかったり、辞めなければならない状況になっていきます。元気に働いていた家族が病気で苦しみ、仕事を辞めなければならなくなるのは、家族にとってもつらいことです。これが、社会的苦痛です。

最後の「スピリチュアルな苦痛」は少しわかりにくいかもしれませんが、どんな病気であれ終末期の患者さんが抱える苦痛のなかで最も根源的な苦しみはこのスピリチュアルペインです。それは、生きる意味や価値を失ってしまう苦痛だからです。

病状が回復せず、身体の痛みも、心の苦しみも、社会的な苦痛も味わい続けなければいけない状況が続くと、人は「こんなに苦しい痛みがこの先もずっと続くのであれば、生きていても意味がない。家族に迷惑をかけるだけだ。早く死んでしまいたい」などと思うようになってしまいます。

あるいは、「どうして自分はがんになってしまったのだろう。何か悪いことをしたからだろうか」などと自分を責めてしまう。さらには、「死んだらどうなるのだろう」と死の恐怖にかられる人もいます。

こうした、人がこの世に生まれ、生きて、死ぬことにまつわる根源的な深い問いや苦悩が、スピリチュアルペインです。