「軍部が政権の意向に背いているわけではない」と、前出の軍情報部高官は言う。むしろ問題は政権内部の「意見が割れている」ことであり、いくら上層部が核抜きでロシアを抑止できると言っても、現実に「核の脅し」は始まっていると指摘した。

プーチンが核兵器の使用をほのめかした日には戦略軍のリチャード司令官も、アメリカは「核保有国(との戦争の可能性)に対峙する態勢に立ち戻った」と述べている。そして「これはもはや理論上の話ではない」と付け加えた。

また米海軍作戦部長のマイク・ギルデーは8月に海軍大学校で講演し、ロシアのウクライナ侵攻が始まった直後に海軍は「多数の艦船」を欧州戦域に派遣したと述べ、その多くは「潜水艦も含め、今も配備中」だとしている。こうした潜水艦は、遠く離れたロシア国内まで巡航ミサイルを撃ち込むことができる。

弾道ミサイル搭載原潜はいつでも配備可能

原子力潜水艦も24時間365日体制で攻撃に備えている。ある退役海軍将校は8月に、「もちろんSSBN(弾道ミサイル搭載原子力潜水艦)は通常どおり運用されており、いつでも配備できる」と本誌に明かした。SSBNは米軍にとって「最も重要な武器」だとも指摘した。

B52戦略爆撃機もノースダコタ州から4機、英フェアフォード空軍基地に配備され、ヨーロッパで前方展開している。この4機に核兵器は搭載されていないが、この数週間、2機がノルウェー周辺を飛行して北方からロシアに接近。別の2機はヨーロッパ中部を経由してルーマニア領空に入り、南方からロシアに接近して攻撃能力を示威した。

また爆撃機による核の脅威を誇示するため、戦略軍は9月23日までノースダコタ州のマイノット空軍基地で数日間の演習を実施した。この演習では、核弾頭を積んだ巡航ミサイルをB52爆撃機に搭載し、緊急発進させる訓練が行われたという。

「いかなる状況でも核兵器の使用は容認できないと明言しても、越えてはならない一線を引くことなしに、重大な結果を招くといくら警告しても、それを聞いたプーチンが核の使用を思いとどまる保証はない」。戦略軍の計画官はそう言い、こう続けた。「一般論で抑止力をちらつかせても、ロシアのウクライナ侵攻は防げなかった。プーチンが前のめりだったからではない。『手段を選ばず』と言うだけでは真の脅しにならなかったからだ。サリバン補佐官は(9月25日に)『そちらが核を使えば、こちらも対応する』と言ったが、それくらいでは抑止できない」

取材に応じた軍情報部の高官も言う。「私は(核の)抑止力を信じている。だが微妙な言い回しでこちらの真意が正しく伝わるかどうか、私には分からない。ここまで来たら、こちらも本気でハンマーを振り回すべきではないか」

当記事は「ニューズウィーク日本版」(CCCメディアハウス)からの転載記事です。元記事はこちら
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