防犯カメラに映っていたのは…

ある日、私の印鑑が見当たらなくなった。銀行内の業務に印鑑は不可欠であり、ないと仕事にならない。今でこそ電子スタンプや、書類のペーパーレス化などにより、印鑑のいらない場面が増えてきたが、この当時はあらゆる書類に回覧印や決裁印を押すことが求められていた。

朝、仕事始めの最初の回覧書類に押した記憶があるから、その時点では確かにあった。ポケットの中や机まわり、あちこちと捜したが出てこない。これだけで3日間も業務が滞った。途方に暮れ、天井を見上げた。防犯カメラがある。カメラはちょうど私の机を捉えている。防犯カメラのサーバーパソコンにアクセスし、映像を再生した。映像には日付が表示されている。印鑑がなくなった当日朝の時点から見直した。

午後1時30分をまわったところで動きがあった。ロビー担当が私のところにやってきて話をしている。このことは覚えている。お客からクレームがあり、ロビー担当が私のところに相談に来たのだ。私は右手に持っていた印鑑のキャップを閉め、筆箱の中に戻し、それからロビー担当者と話しながら、席を立った。ここでは間違いなく、筆箱の中にある。

そう思ったとき、菅平君が私の席にやってきた。私の筆箱を開け、印鑑を取り出し、自分の背広の内ポケットにしまった。その間、ほんの1、2秒だろう。モノクロの映像内の菅平君の挙動を見ているうちに鼓動が激しくなり、汗がにじんできた。

現実に感じられず、何度も何度も繰り返し同じシーンを再生した。さらにその時間のほかのカメラ映像も確認してみた。すると、印鑑を内ポケットに入れた菅平君がその後、支店長室に入っていく姿が映っていた。

「ところで、キミ、防犯カメラを見たんだってな?」

翌朝、内線で菅平君に電話をした。

「じつは私の印鑑が4日前から見当たらなくなっているんだ。それで昨夜、防犯カメラの映像を見てみたら、その日、菅平君が私の机のそばに映っていた。何か間違ってキミのところに紛れ込んだりはしていないだろうか?」

前の晩に考えた、できるだけ当たりさわりない聞き方で尋ねた。

「知りませんが」

菅平君は素っ気なくそう言った。焦っている感じもなかった。こうなったら、もう映像を一緒に見てもらうしかない。そう覚悟を決めて、「わかった」と言ってとりあえず電話を切った。その30分後、阿部支店長から内線があった。すぐに支店長室に来てくれと言う。

支店長室に入ると、テーブルに私の印鑑が置いてあった。

「菅平君が拾って届けてくれた。落ちていたそうだ」

言葉に詰まった。ここで支店長になんと説明すればいいかがわからない。そうだ、防犯カメラを見てもらおう。あそこには菅平君が私の印鑑を取った姿が映っている。それを見せて事情を説明するのだ。

「ところで、キミ、防犯カメラを見たんだってな? 誰に断って見たんだ?」

頭が真っ白になった。なぜ支店長が、私が防犯カメラを見たことを知っているのか。防犯カメラのことを知っているのなら、あそこに収録された菅平君の犯行も把握しているはずではないか。

「勝手なことをするな。キミはもう要らない。明日から来なくていい。出ていきなさい」

自分に何が起こっているのかがわからず、呆然としたまま自席に戻った。

防犯カメラの映像は消去され、エースは課長代理に昇格した

その翌朝、出社すると私の机には取引先課の薮野課長が座っていた。彼が小さい声で言った。

「悪く思わないでくださいね。私だってこんなことしたくないんですよ」

目黒冬弥『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)
目黒冬弥『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)

空いている席が見当たらず、そのまま銀行を出た。行内の誰ひとりとしてこちらを見ず、しかし全員が私を凝視しているのを感じていた。近くの公園のベンチに座って池を眺めていた。2時間ほどその場に座っていた。

しかし、私には行き場もなく、午後になって銀行に戻った。自席には戻らず、会議室に入った。支店長が退社するまで、そのまま部屋から出ることができなかった。

支店長らが帰った午後8時、再びサーバーパソコンにアクセスし、防犯カメラの映像を検索しようとした。しかし、当日分の映像はすべて消去されていた。行内で消去できる人間は、支店長しかいない。私は何が起こっているのかを悟った。

翌朝、出社すると、私の席は空いていた。取引先課の薮野課長は阿部支店長からの指示で、私への嫌がらせのために一日だけ席に着かされたのだ。彼もまた被害者だろう。

その翌月、菅平君が課長代理に昇格した。中途採用者が入行2年足らずで課長代理とは異例の出世だった。

【関連記事】
突然の子会社への左遷…不遇の7年半を耐えた「キリンの半沢直樹」の痛快すぎる"倍返し"の中身
1人だけ会議の日時を教えてもらえない…いじめっ子の「女子ボス」をぎゃふんと言わせる"切り返し言葉"
「間違えたんだから、責任を取れ」オペレーターに詰め寄るモンスター客に上司が放った"爽快なひと言"
優秀で高学歴なのに35歳過ぎまで安定できない…若手研究者を大事にしない「日本の大学」のブラックさ
一気に「働かないおじさん化」が進む…役職をはぎ取られた50代社員を襲う"無言の圧力"