それが成功しているかどうかは、ぜひ『モヤモヤの日々』を手にとって、お確かめいただきたい。人間は言葉によって癒され、楽しみ、この世界に親しみを広げていく。筆者自身がそうだったし、きっと本書を読めば、今の現実を語る新しい言葉と文体と認識の端緒に触れることができるだろう。不確かでままならない人生の支えとなる確かさのくいを見つけることができるだろう。

日常をしっかり生きてみると、モヤモヤの連続である。しかし、そのモヤモヤを真正面から考え、乗り越えていくことこそが、生活というものではなかったか。「モヤモヤ」とは、今を生きることである。

太陽の方向に歩道に沿って歩く女性
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「それからはさうでなければならなくなる」の意味

文筆家の吉田健一(1912~1977)は、われわれの眼を新しい世界に対して開かせる言葉に共通する要素は、人目を惹こうとしないということだと、「何も言ふことがないこと」(筑摩書房『言葉といふもの』収録)という奇妙な題名の随筆に記している。

いわく、「我我が眼を開かれて知るのは、我々が前から知つてゐたことであり、ただそれまではさうであることだつたことがそれからはさうでなければならなくなる」。筆者は吉田のこの考え方が好きだ。なにかが「そうでなければならなくなる」瞬間とは、つまりそれに対して親しみを覚える瞬間であり、そのぶん世界や視野が広がっていく。

亡くなった父は愛媛県出身だった。子どもの頃、夏になると毎年、祖父母に会いに父の実家に帰った。父が一人っ子だったこともあり、唯一の孫である姉と筆者を、祖父母はとても可愛がってくれた。