マーケティング最強事例② ミツカン「味ぽん」

ミツカンのぽん酢「味ぽん」は、新しいニーズの提案を重ねることで成長を続けてきた成功事例だ。もともと、ぽん酢は柑橘類の果汁が酸化しやすく、家庭での取り扱いが難しかったため、料理店でしか味わえないものだった。そのぽん酢を家庭に広めた立役者で、ぽん酢の市場で圧倒的なシェアを握り続けているのが「味ぽん」だ。味ぽんの誕生は60年ほど前にさかのぼる。当時のミツカン社長が博多の料亭で口にした鶏肉鍋「水炊き」とぽん酢のあまりのおいしさに感激し、この味わいを全国の家庭に届けようと3年がかりで開発した。「ミツカン ぽん酢<味つけ>」を1964年から関西で試験販売し、その3年後に「ミツカン 味ぽん酢」に名前を変えて全国販売。1974年から「味ぽん」となった。

ガラス容器になみなみ注がれた醤油
写真=iStock.com/xamtiw
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水炊き鍋に馴染みがない関東で味ぽんが受け入れられたワケ

「専門店の味をご家庭に」というコピーと共に、水炊きをはじめとする鍋の専用調味料として売り出すと、水炊きに馴染みのある関西ではすぐにヒットした。しかし、鍋文化が異なり、醤油や味噌の味付け鍋が主流の関東ではなかなか受け入れられず、苦戦した。

そこで、「水炊きと味ぽん」という新しい鍋の楽しみ方を関東に浸透させるため、ミツカンは「朝売り」と呼ぶゲリラ作戦に出た。これは、荷台を屋台に改造した屋台カーで東京・築地の卸売市場へ出向き、土鍋とコンロで作った水炊きと味ぽんの試食販売を行うというものだ。舌の肥えた築地の食のプロたちに「水炊きと味ぽん」のセットの魅力を体験してもらい、お墨付きをもらって、クチコミで広めていく作戦だった。この作戦が功を奏し、スーパーの食品売り場での試食販売やテレビCMと合わせ、関東の鍋文化を更新して浸透していき、1970年代に売り上げを飛躍的に伸ばしていった。

夏場に売れない「味ぽん」を家庭の常備調味料まで押し上げた秘策とは

鍋専用の調味料として全国に普及した味ぽんだったが、鍋のお供であるがゆえに、鍋のニーズが高まる冬場には売れるが、鍋を食べない夏場には売れないという課題に直面した。季節に関係なく、いつでも味ぽんを使ってもらうためには、新しいニーズの提案が必要となった。そこで、九州などの一部地域の家庭でいろいろなメニューに味ぽんが使われていた情報を基に、1980年代から鍋以外の用途の新提案を積極展開していった。大根おろしと味ぽんで焼き肉をさっぱり食べる「おろし焼肉」に始まり、餃子、焼き魚、カツオのたたきやサラダなどの「つけかけ調味料」として味ぽんを提案した。その結果、味ぽんの売り上げは再び向上し、いつでも食卓に置かれる調味料として浸透していった。

さらに、2013年からは、食卓で食べるときに使う調味料としてだけでなく、キッチンで作るときに使う調味料としての新提案を開始している。骨付き鶏肉を味ぽんで煮つける「さっぱり煮」、パスタや炒め物を味ぽんで炒める「さっぱり炒め」などの調理法と共に、活躍の場をますます拡大している。味ぽんは、もともと家庭になかった「0」の状態から、鍋のお供としての新提案、さまざまな料理のお供として常備してもらう新提案、そして食卓だけでなくキッチンで調理のお供にしてもらう新提案によって、独自のポジションを開拓し続けている。新しいニーズの提案によって消費者の価値観を変え、商品を広めることに成功したのだ。