「市場の信頼」を守ることが最も大事

体質とはどういうことか。「目の前の客」の利益を第一に優先させてしまうのである。一見、当然のことのように思えるが、本来、証券会社の最大の役割は、潜在的な顧客である投資家全体の利益を考えること。「目の前の客」に利益を与えようとすれば、目に見えない市場全体の投資家の利益を損なうことになりかねない。相場操縦はその株式の売買を行う「目の前の客」の利益を優先させることに他ならない。

株価は市場での需要と供給の結果生まれる「正しい株価」でなければならず、そうした正しい株価形成によって証券市場の「公正性」が保たれる。だからこそ、世界の投資家がその市場を信じて株式の売買をするわけだ。株価を証券会社がコントロールしたとすれば、その公正性が崩れ、市場の信任が失われてしまう。

株価のリアルタイム情報にグラフ
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おそらく逮捕された銀行出身の副社長は、「目の前の客」、この場合は株式売却を望んでいる大株主のために「買い支え」て、株価を維持することが問題だとは思わなかったのだろう。「顧客第一」で何が悪いのだ、と逮捕された今も感じているかもしれない。だが、証券市場に携わる者にとって最も大事にしなければいけないのは「市場の信頼」をどう守るか。それを裏切る相場操縦という行為は粉飾決算同様、重大な犯罪なのだ。

1991年の「損失補てん」で証券会社の信用は地に落ちた

1991年、大手証券会社が特定の顧客に「損失補てん」していたことが明らかになり証券界を揺るがす大事件に発展した。バブルの崩壊で株価が大きく下落し、企業などの特定の客から預かった運用資金が大きく目減りする中で、その損失を補てんしていた。最も金額が大きかった鉄鋼商社の場合、123億円もの補てんを受けていた。

証券会社からすれば、膨大な運用資金を任せてくれている大口の顧客の利益を第一に考えることは当然だと思っていたのだろう。だが、一部の客にだけ損失補てんしていたことが明らかになって、証券会社の信用は地に落ちた。大手だった山一証券が経営破綻していく伏線にもなった事件だ。この事件も「目の前の客」を優先する証券界の体質が表れたものだった。

今回の事件で驚かされたのは、「大株主がブロックオファーで売却を希望する株価の目安が、大株主を担当する部署から株を売買する別の部署に伝えられていた疑いもある」と報じられていることだ。証券会社は株式の売買だけでなく、新規発行やM&Aなど様々な業務を行っている。このため、部署によって利益相反が起きることになる。当然、それを防ぐために部署の間に「ファイアーウォール」つまり「情報隔壁」を設けるのは証券会社としてイロハのイだ。