「合理主義」のいっぽうで、社会に根深く浸透している伝統医学

デジタル監視社会の実態を知り、合理主義国家、科学国家と感じる人は多い。駐在歴が長い日本人ビジネスマンも中国について一様に「合理主義」と評します。

ただ、伝統や慣習を切り捨て、効率的にデジタルテクノロジーを社会に導入する一方で、合理主義を貫く近代国家とはとても思えない側面もある。コロナ治療に太極拳や、気功が広く活用されたなんて報道を見ると、私たちは不思議に感じるわけですよ。太極拳や気功がコロナにどんな効果があるのか、と。

——疑問ですね。

科学と気功を一緒くたにするところが中国の面白さでもあるのですが……。そうした中国のありようを象徴するのが2020年8月に習近平が発表した、コロナ対策で功績を挙げた医療関係者4人への勲章授与です。対策の最前線に立った感染症の専門家、ロックダウンされた武漢市で治療にあたった病院の医院長、ワクチン開発のスペシャリストのほか“中医”の権威も表彰された。中医とは、伝統薬や鍼灸、温浴療法、薬膳、カッピング、気功など中国伝統の治療法です。

いまも中国の医療は、大きく“西式”と呼ばれる西洋医学と、中医の2つに分けられます。なかには西式と中医を併用する病院も少なくない。

いまも、慢性疾患には西式よりも中医のほうが、効果がある信じる人も多いですし、西式よりも治療費が安くすむ中医の治療を受けざるをえない貧しい人もいる。

ただ、中医と言っても無数の治療法、伝統薬があります。伝統薬や治療法のどれにどんな病気に効果があるのか。まったく検証されずに用いられ続ける薬や、治療も少なくありません。

もぐさ棒や針、中国の漢方薬による代替治療
写真=iStock.com/marilyna
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「伝統医学で重症化ゼロ、再発ゼロ、感染ゼロを達成」と発表

中国の優れた伝統だから、と中医を内外に宣伝していこうとする政治的な意向も働いています。中国政府は、コロナ発生の初期段階で、コロナには伝統薬が、効果があったと発表しました。中国のメディア『新華報』は、武漢市の病院で治療を行って勲章を授与された天津中医大学の張伯礼学長の功績をこのようにたたえました。

〈中国医学の医薬品と按摩、鍼灸、太極拳、八段錦(気功の一種)を組み合わせることで“重症化ゼロ、再発ゼロ、感染ゼロ”を達成した〉

しかし残念ながら、シンガポールなどで行われた調査で、中国の伝統薬にコロナに対する効果は認められなかったという結果が出ました。2020年5月に行われた日中医療従事者が参加したオンライン交流会では、中医に対する考え方の違いがあらわになって面白かった。

新型コロナにどのような治療が有効なのか。日中の医療従事者が意見交換するなかで日本側が「どの伝統薬が治療に効果があったか」と質問したんです。すると中国側がそんな当たり前のことを聞くなんてと苦笑いしながら「症状に合わせていろんな薬を使います。中国ではそうするものなんです」と答えました。

確かに中国では、咳や発熱、倦怠感などの症状に合わせて伝統薬を使い分けます。症状に合わせて、と言えば聞こえはいいのですが、日本側が知りたがった統計的な結果や医学的な根拠は最後まで示されませんでした。

新疆ウイグル自治区のウルムチ市では、コロナ感染が広まった当初、予防として伝統薬を飲むように命じました。住民を集めて、謎の伝統薬をコップで一気飲みさせる動画が広まったのです。おそらくは地方政府と関係の深いメーカーが提供した伝統薬だと推測されます。