“食”に意外な「人生訓」

また、「食」にまつわる、正直どうでもいいこだわりも、さりげない共感と説得力を生んでいる。

納豆に何を加えるか、目玉焼きの焼き加減、食パンは何枚切りが好きか、冷やし中華の具材、余った薬味をどう食べるかなど。

好みやこだわりを貫く人もいれば、自分の好みを人にも強要する人もいる。

場の空気を読んで合わせる人もいれば、人の好みに無理して合わせた揚げ句、あとでねちねち文句を言う人もいる。そうそう些末な日常茶飯事にこそ、意外と「人となり」が表れるんだよねぇ。

といっても、グルメとうたうほどの料理は出てこない。ハレとケでいえば、ケがほとんど。登場する料理や食材は、まったく別のエピソードと重ね合わせ、仕事の矜持や人生訓に例えられたりもする。

冷蔵庫内に残った7センチのネギ(決して思い通りにはいかない人生)、ジャンボプリンのハーフサイズ(存在の矛盾。おいしいとこだけ少しずつというわけにはいかない)など。

些末だけど印象的だったシーン

個人的には、第2話で母・千鶴が作るオムライスに親近感を覚えた。

「できないと思っても、ぐちゃぐちゃになっても、結構どうにかなるもんなのよ。最後はだいたい笑顔で大丈夫」とケチャップで顔を描く。

ところどころ茶色く焦げかけた超適当なオムライスだったが、そこにリアリティと人生の真理があった。良質なドラマには、こういう些末だけど記憶に残るシーンが必ずあるんだよな。

吉田鋼太郎の「微妙な説法」が耳の奥に残る

犯罪も事故も大事件も起きない。病気や死など、いかにもお涙頂戴な悲劇要素もない。

恋人と別れ話でとっくみあいとか、不倫相手の家に押しかけて大暴れなど、娘たちの色恋沙汰は起こるが、描いているのはほぼ日常茶飯事。

これがテンポよく展開し、よきところで収れんされていく。鋼太郎がバリトンボイスで説法するシーンも多めなのに、娘たちや妻が「ハンサムな顔して何言ってんの」と聞き流すおかげでちっとも説教臭くない。

むしろ、微妙な説法だからこそ耳の奥に残る。時間がたってからふと思い出す人生訓なんて、だいたいそんなものだ。