これらの影響は、ネゴシエーター自身が気づかないうちに生じていた。実際、偶然の怒り状態のネゴシエーターは、ニュートラルな状態のネゴシエーターより儲けが少なかったにもかかわらず、結果に満足していた。怒りが尾を引いて自分の判断に影響を及ぼしたことに、気づいていなかったのだ。

「感情の2日酔い」を生じさせる感情は怒りだけではない。ウォートン経営大学院のデボラ・スモールとカーネギー・メロン大学のジョージ・ローウェンスタインに私を加えた3人は、金融取引における悲しみや不快感の影響を調べた。

「偶然の悲しみ状態」の被験者は、金融取引を行う直前に悲しい映画を見せられた。映画によって掻き立てられた悲しみの感情は確実に尾を引いて、金融取引の結果に影響を及ぼした。偶然の悲しみ状態の被験者は、ニュートラルな状態の被験者より高い買値や低い売値をつけたのである。

これに関連した別の実験では、被験者が資産の価格設定について調べる前に、一部の被験者には不快な映画を、他の被験者にはニュートラルな映画を見せた。この場合も偶然の不快感は被験者の判断を歪め、売り急がせた。

 

感情の2日酔いの害を避けるには

感情の2日酔いによる判断ミスを防ぐためには、次の3つの戦略が有効だ。

(1)説明責任を利用する

実験では、偶然の怒り状態の被験者のなかでは、自分の判断の的確さについて説明責任を負っていた者だけが、怒りによって歪められない決定を下すことができた。
 交渉において、最も望ましいタイプの説明責任を生じさせるためには、交渉担当者のそれぞれが、交渉後に自分の決定プロセスの正当性を中立の立場の調停者に内々で説明することを決めておくとよい。

調停者が存在しない状況では、自分の決定を中立の立場の同輩に説明せざるをえないような仕組みを、交渉前につくっておくのもひとつの手だ。相手が偶然の感情に影響された状態であっても、自分の偏りを減らすことで、よりよい結果を得ることができる。

(2)偶然の感情を認識し、緩和する

ミシガン大学のノーバート・シュワルツとバージニア大学のジェラルド・クローレは、生活の満足度を問う電話調査を被験者の半分は晴れた日に、残りの半分は雨の日に行うという実験を行った。雨の日の被験者は、晴れの日の被験者より満足度が著しく低いと解釈される回答を寄せた。しかし、調査員が「そちらの天気はどうですか」という質問から入った場合は、雨の日の被験者も晴れの日の被験者に劣らずポジティブな回答をした。悪天候を認識していることが、彼らの回答に対する天候の影響を緩和したのだ。

ノーベル賞受賞者のダニエル・カーネマン・プリンストン大学教授の指揮で行われた全国調査によると、アメリカ人が最もストレスを感じるのは通勤途中か上司と話しているときだ。これらが引き金となりあなたの交渉に影響を及ぼしている可能性はないだろうか。このことを意識すれば、思わず感情が高ぶったときでも、その原因をきちんと認識できる公算が高まるはずだ。

相手の感情の2日酔いを認識し、緩和するためには、相手の不機嫌さはあなたとはまったく関係のないものかもしれないということを常に念頭に置いておこう。相手の感情が交渉とは関係がないようだと思ったら、相手がその感情の原因に思い至るようにもっていこう。「ひどい天気ですね」といった、何とでも答えられる質問は、判断や選択に対する負の感情の影響を緩和するのに大いに役立つことがある。