「なぜあのとき、あんなことを言ってしまったのか自分でもわからない」

苛立ちや不安といった感情は、交渉者の思考や行動に大きな影響を及ぼすものだ。たとえその原因が、話し合いの内容や相手とまったく関係ないことであっても。

あなたが競合企業の1つと合併について交渉を始めようとしていると仮定しよう。会議室に入ったあなたは、道理のわかるフェアな人物が、相手企業の代表であることを知る。だが、あなたはひどく機嫌が悪い。出勤途上で、携帯電話をかけながら運転していた注意散漫なドライバーに追突されたのだ。交渉の席につきながら、あなたは修理や保険請求の手間のことを考えている。まだ怒りがおさまらないが、その怒りを目の前の仕事からは切り離せると信じている。だが、本当に?

おそらく無理だろう。感情はどんな種類のものであれ、人間の思考や行動や基本的な生理を変化させる。交渉では、不可分の感情(integral emotions)──交渉そのものによって誘発された感情──が結果に影響を及ぼすということは、数々の研究で証明されている。たとえば、あなたが長年の敵と交渉することになったとしたら、あなたは不可分の怒りを経験するだろう。だが、冒頭の例のようにネゴシエーターの感情状態が目の前の交渉とは無関係な場合、そのいわば偶然の感情(incidental emotions)が交渉に及ぼす影響については、さほど関心が払われてこなかった。

本稿では、偶然の感情の影響──「感情の2日酔い」──が交渉でどのように作用するかについての新しい研究結果を紹介する。さらに、自分および交渉相手の「感情の2日酔い」を緩和する方法についても説明する。

カーネギー・メロン大学の研究者、ロクサーナ・ゴンザレス、ダン・ムーア、リンダ・バブコックの3人と私は、すべての被験者に、交渉を成功させることに金銭的インセンティブがある状態で、2つの交渉実験を行った。1つの実験では、被験者は交渉の準備中に、3つの異なる「感情状態」のいずれかに誘導された。「ニュートラルな状態」の被験者は、ニュートラルな感情状態を生み出すよう設計された通常の課題を与えられた。「不可分の怒り状態」の被験者は、かつて自分を不当に扱った人物に対して怒りを感じるよう誘導され、それからその同じ人物とその件とは無関係な問題について交渉するよう指示された。「偶然の怒り状態」の被験者は、かつて自分を不当に扱った人物に対して怒りを感じるよう誘導され、それからまったく別の人物とその件とは無関係な問題について交渉するよう指示された。

過去の研究から予想されたとおり、不可分の怒り状態のネゴシエーターは、相手の過去の不当さに対する怒りを新しい交渉とうまく切り離すことができなかった。ニュートラルな状態の被験者に比べ、自分の利益を察知する力が著しく低かったのだ。しかし、もっと興味深いのは、無関係な出来事について怒っていたネゴシエーターの場合も、怒りが「2日酔い」を生んだことだ。偶然の怒り状態のネゴシエーターは、怒りの原因とは無関係な問題について、まったく別の相手と交渉したのだが、それでも自分の利益を察知しそこなった回数が、ニュートラルな状態のネゴシエーターより著しく多かった。

偶然の怒りの影響に関するもう1つの実験では、われわれは、彼らがいくら儲けたかもチェックした。結果は、怒りによって誘発されたミスは金銭的な損に直結することを示した。怒りが偶然のものであっても、怒っているネゴシエーターはニュートラルな状態のネゴシエーターよりはるかに多額の損をしたのである。