「心が萎えた人」にこそ、宗教が重要になる

――20年以上前に五木さんがお書きになった『大河の一滴』を、いま再び大勢の人が手にとって読んでいます。『大河の一滴』の冒頭には、「心が萎える」ことに対する洞察が記されていますが、このコロナ禍で多くの人が「心が萎える」経験をしているかもしれません。

五木寛之『大河の一滴』(幻冬舎)
五木寛之『大河の一滴』(幻冬舎)

【五木】今度のコロナに際して、教会や偉いお坊さんたちの声があまり聞こえてこないのが気にかかります。12世紀末から13世紀ぐらいに、日本中で干ばつが起こり、農村が荒廃したため、農民は農地を捨てて逃げ出して都へ向かいました。しかし都では疫病が大流行して、地震や津波も起こった。ちょうど鴨長明が『方丈記』を書いている時期ですよ。しかも内乱が続発して大変な時代だった。地獄の様相だったんですね。

女盗めと子盗ことりは世の習い」という言葉があったぐらいで、女でも子どもでも、町を歩いているとかっさらわれて、奴隷市場に売り飛ばされる。日本にも奴隷市場というのがあったんです。直江津や京都などあちこちにあって、そこで値段を付けられていた。奴婢ぬひといいます。

みんなが生きていることの中で絶望しきっていた。八百万やおよろずの神様や仏様に頼もうとしても、振り返ってもらえない。そのときに大流行した「今様」という歌謡曲があります。「はかなきこの世を過ぐさむと/海山稼ぐとせしほどに/よろずの仏に疎まれて/後生わが身を如何にせん」という歌です。

コロナの流行で多くのお寺は拝観を停止してしまった

「海山稼ぐ」とは、闇商売をやったり人を殺したり、いろんな悪事に手を染めたということです。そうやって悪事を働いてきたから、仏様や神様になんとか後生を助けてほしいと頼んでも、相手にされず嫌がられる。ああ、もうすがるものがないじゃないか。これが当時のヒット曲でした。

そこへ出てくるのが、『大河の一滴』にも書いていますが法然や親鸞、日蓮、道元、栄西という人たちです。今、日本の宗教家を10人挙げる中で、5人までは全部その時代に一挙に出てくるんです。その人たちが出世栄達を保証されている比叡山から下りて、庶民の間に入っていき、そこでみんなに語りかける。それで一挙に鎌倉新仏教の時代が来るわけですね。

いまの様子は、平安末期から鎌倉期にかけて起きた混乱の時代と非常に似ているんです。にもかかわらず、どこからも宗教家の声が聞こえてこない。これを言うと角が立つけども、コロナの流行で多くのお寺は拝観を停止したでしょう。道にコロナで倒れている人がいたら、お寺や教会はすすんで受け入れるべきじゃないでしょうか。それが宗教というものだと思うんです。