不況による惨事は政治的選択によって引き起こされる

この10年間、わたしたちは大量のデータや報告書と格闘しながら問いつづけてきた。緊縮策か刺激策か? 富裕層への減税か増税か? 貧困層への公共サービスを切るべきか拡充するべきか? その答えを求めて極寒のシベリアの廃墟と化した町へ、あるいはバンコクの赤線地帯へと世界中を飛び回った。

その結果、はっきりわかったことがある。経済危機で感染症が発生・拡大した地域が少なくないなか、それを未然に防ぐことができた地域もあるのだが、後者にほぼ共通して見られるのは、その社会に強いセーフティネット、強い社会保護制度があるということだった。

オリヴィアやディミトリスのような惨事は不況が必然的に引き起こすものではない。それはむしろ、銀行を救済して国民のセーフティネットを削るといった政治的選択によって引き起こされる。逆に言えば、政府の、あるいは国民の選択次第で、経済危機による疾病の蔓延を食い止めることもできる。

ある種の緊縮政策は確実に人の命を奪う

また、今回の研究でもう一つ明らかになったのは、ある種の緊縮政策が文字どおり致命的な結果を招くということである。確かに不況は難しい状況を作り出すので、そこで人が健康を損なうこともある。だがもっと恐ろしいのは政策で、ある種の緊縮政策は確実に人の命を奪う。

経済に関する世界最強のアドバイザーであるIMFは、これまで財政難に陥った国々に対してセーフティネットまで削るような緊縮政策を強いてきた。だがそのIMFも、最近の報告書でこの方針を変える姿勢を示している。緊縮政策は健康被害を生むばかりか、かえって経済を減速させ、失業率を上げ、投資家の信頼を下げるものだとようやく気づいたようだ。

ヨーロッパでは、緊縮政策によって需要が枯渇するのを目の当たりにしたことから、民間企業の側からも緊縮策反対を叫ぶ声が上がるようになってきた。わたしたち二人は公衆衛生学の見地からセーフティネットの重要性を訴えているが、それもまた単に健康増進のためではない。今回の研究で、不況時においてもセーフティネットをしっかり維持することが、健康維持のみならず、人々の職場への復帰を助け、苦しいなかでも収入を維持する下支えとなり、ひいては経済を押し上げる力になるとわかったからである。