子育てサイトでは「母乳」をめぐる記事が定番となっている。しかしその中には根拠のあやしいものが散見される。小児科専門医の森戸やすみ氏は「授乳期間の数カ月の食生活を変えても母乳の栄養素は変わらない。『母乳の質』という言葉が出てきたら、サイト全体の質を疑っていい」と警鐘を鳴らす――。

※本稿は、朝日新聞の医療サイト「アピタル」の連載をまとめ、加筆した、森戸やすみ『小児科医ママが今伝えたいこと! 子育てはだいたいで大丈夫』(内外出版社)の一部を再編集したものです。

赤ちゃんはお風呂を出た
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「母乳信仰」が広まっている…

「授乳祈願のための神社」というのが全国各地にあります。安産祈願と一緒になっているところも多いようです。女性の乳房をかたどった絵馬がずらっと並ぶ光景は壮観ですが、そこには「母乳が出るようになりますように」と切なる願いが書き込まれていることも少なくありません。

特に昔は母乳に代わるミルクがありませんでしたから、お母さんたちの「おっぱいを出さなきゃ」というプレッシャーといったら、それはもう相当なものだったでしょう。

では、優れたミルク(粉ミルク、液体ミルク)がある現代ではプレッシャーがなくなったかといえば、残念ながらそんなことはありません。母乳で育てるしかなかった時代を経て、粉ミルクがよいとされた時代を通り過ぎ、現代では「ミルクよりも母乳育児のほうが絶対によい」という認識が一般的になったからです。一部では、母乳でないと病気になりやすいなどと脅す、いわゆる“母乳信仰”が広まっています。

「どんどん粉ミルクを飲ませましょう!」という時代があったことを話すと驚かれるかもしれません。日本初の粉ミルクは大正6(1917)年に発売されました。それまでは、母乳が出にくい、または母乳を与えられない場合、他人から“もらい乳”をしたり、コンデンスミルクや牛乳を薄めたもの、重湯や米のとぎ汁といったものを与えたりするしかありませんでした。粉ミルクは発売以来、母乳が出にくい、あるいは母乳を与えられないお母さんたちにとって強い味方となりました。