日本の都市部では当たり前の風景になっている「満員電車」。「仕方ないことだ」とあきらめている人も多いだろう。しかし、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏は「満員電車はどう考えても異常な空間。それを回避するための行動をなぜ取らないのか。思考停止ではないのか」と指摘する——。
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逃げ場のない密閉空間、満員電車

季節柄、インフルエンザ関連のニュースを見聞きする機会が増えてきた。

昨今では、多くの企業において、インフルエンザに罹患りかんした従業員の出勤を禁止し、周囲に感染を広めないような取り組みがおこなわれている。もちろん会社にもよるだろうが、以前と比べて「インフルエンザにかかっていようとも、身体が動くかぎりは出社すべきである」と強要するような風潮は、かなり疑問視されるようになっているのではないだろうか。

ただ、企業や学校がどんなに対策を講じようが、個々人が感染予防を心がけようが、逃げ場がない空間がある。満員電車だ。さまざまな価値観を持ち、体格・体質・体調もバラバラである赤の他人が密閉空間にすし詰めとなり、拷問のような時間を過ごす。インフルエンザや風邪といった伝染性の病気にかかるリスクは格段にあがるし、心身ともに疲弊する空間だけに、ちょっとしたことで口論や暴力が発生しがちだ。

「異常な空間」と知りつつ乗っていることの異常性

大都市圏以外の人々はマイカー通勤が一般的で、満員電車に乗る機会はそれほど多くないだろう。そうした人にとってはあまりピンと来ない話かもしれないが、今回は「満員電車に乗らないことが、いかに自身の人生を幸せにするか」について考えてみたい。

このようなことを書くと、「定時出社するには、苦痛だろうとなんだろうと乗らざるを得ないんだよ!」「会社員の日常とは、そういうもの。外野から偉そうに指摘するな」といった反論が間違いなく飛んでくるのだが、「異常空間であると知りつつ乗っている状況のほうが、異常」という捉え方をしてもよいのではないだろうか。