「毎日、心地よく暮らすことが理想だ」という人がいる。だが、脳科学者の茂木健一郎氏は「そうやってルーティンを繰り返し、決まった脳の回路ばかりを使っていると、脳だけでなく人生も固まってしまう」と指摘する――。

※本稿は、茂木健一郎『ど忘れをチャンスに変える思い出す力』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。

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長期記憶とIQの高さは関係ない

記憶には、「長期記憶」と「短期記憶」の二種類があります。

前者は、海馬を使って形成される記憶で、文字どおり、何カ月、何年という長い間、頭の中に保存されている記憶です。後者は、主に前頭葉が司るもので、数秒から数分というほんの短い間だけ保存されている記憶です。

ここでみなさんに質問です。いわゆる「頭のよさ(IQ)」と言われるものは、長期記憶と短期記憶のどちらに関係していると思いますか。こうたずねると、多くの人が前者、長期記憶と答えるのですが、そうではありません。

どれくらい多くの長期記憶を貯えられているかには、IQと関係していないことがわかっています。確かに、IQが高い人は、頭の中にたくさんの知識を貯えていることがあります。だからと言って、たくさんの知識があっても、IQが高くなるわけではないのです。

「思い出す」ができないと記憶を使いこなせない

いわゆる「頭のよさ」に関係するのは、短期記憶だと言われています。短期記憶とは、前頭葉という脳の司令室にある、スクリーンのようなところに、今この瞬間にどれだけのことが同時に映し出されているか、だと考えることができます。11桁の電話番号を聞いて、メモする間だけ覚えていて、メモし終わったら忘れてしまうというのがそれにあたります。

「頭のいい人」というのは、話をするとき、それまでの自分が話してきた内容を、前頭葉のスクリーンに映し出して、はっきりと見渡すことができていて、そのうえで次に何を言うかを決められるために、筋の通った面白い話になります。前頭葉のスクリーンにほんの少ししか映し出されていなければ、前の話と今の話のつながりが見えない、支離滅裂な話になってしまうことでしょう。

長期記憶として、側頭連合野を中心とする大脳皮質にいくらたくさんの記憶を貯えることができていても、折に触れて前頭葉に引き出して、現実世界に参照する訓練をしていないと、記憶という宝をうまく使いこなすことはできません。「思い出す」つまり、記憶を引き出してきて現在の状況に照らして、編集するから、その宝を活かすことができます。思い出すことがどうして大事かを、脳の仕組みから理解していただけたでしょうか。