もしこの時、車内カメラがドライバーのパニック状態を認識してクルマを止めてしまっていたらどうなっていたかは言うまでもない。

手間やリスク面にも目を向けるべき

高齢者の暴走事故を防ぐためには、こういういくつものジレンマを乗り越えなければならない。過熱報道だけを見て、目の前の問題だけを解決すれば他に問題が生じてもそんなことは知らないというスタンスではどうにもならない。

そもそもセキュリティーは常にコストとの見合いで決まるものである。と言うと「人の命を金で計るのか!」という短絡的な声が上がるが、そうではない。そもそもここで言うコストとはお金だけでなく、手間やリスクなども含む概念だ。

例えば「地下鉄サリン事件」の反省として、駅で全ての乗客に対して空港並みのセキュリティーを導入したらわれわれの生活はどうなるのか?

あるいは2009年公開の「余命1カ月の花嫁」がヒットした時、医学的に検査の必要のない若い女性がこぞってがん検診に行き、本当に必要とする人が検診を受けられない状態が発生した。

当時日本乳がん学会の取材をしたことがあるが、そもそも検診そのものに医学的リスクがあることが知られていないことが問題だった。検査といえどもリスクはゼロではない。感染症であったり、レントゲンなどの被爆リスクであったり、体に負荷がかかる。だから若い時からたくさん検査を受けることは医学的には望ましくない。

統計的に検査のリスクが罹患(りかん)リスクと折り合うタイミングと回数を判断して医者は検診のタイミングをサジェストしているのだ。

分かりやすさを求めていては解決しない

今回の高齢者事故の問題もそうだが、事実をちゃんと調べて、複雑な問題をきちんと説明しようとすると、とても手間がかかり、しかもばっさりと分かりやすい結論にはならない。そういう手間を惜しむ報道の問題も大きいが、分かりやすさばかりを求める読者・視聴者の問題も大きいのだ。

高齢者事故については、既述の様に少しずつ技術によるカバーが進んでいる。それぞれの領域のプロフェッショナルが、さまざまな問題を、いかに妥当な副作用で折り合いを付けるか日夜考え、状況改善に努めている。

代替移動手段の整備をした上で可能な人に免許証の返納を求めることも重要だろう。安全に運転するための講習なども必要だ。今社会に求められているのは一人ひとりがそういう事実と向き合って解決に向けて努力していくこと、プロフェッショナルの足を引っ張らないことであって、感情の赴くままに自分以外の誰かを悪者に仕立てて糾弾することではないのだ。

池田 直渡(いけだ・なおと)
モータージャーナリスト
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は代表を務める編集プロダクション「グラニテ」で、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆している。
(写真=iStock.com 撮影=高根英幸)
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