人の価値は「若いこと」だけではない

私がスロービューティーの提唱を始めたのは2003年のことだ。当時の美容は美白とアンチエイジングが結びついた美白全盛期で、化粧品は美白や即効性など高機能の開発と消費者への訴求が盛んで、美容整形の普及が本格化を始めるなどファストビューティーの加速化が始まった頃だった。

ファストビューティーの問題点に気づいた私は「自分たちで自分たちの首を絞めて息苦しくしていることにみんなで気づいてやめれば楽になる」という思いを抱いていた。スロービューティーはNHKラジオや日経新聞の「春秋」コラムなどにも取り上げられたが、普及しなかった。

今回、寄稿の機会をいただき、改めて社会に向けてスロービューティーを発信する意義を考えてみた。最近まで12年近く1人で母を介護し看取った体験を通じて母から教えられたことは、人が生まれて生きて時には病になって老いて死ぬことの当たり前さ、自然さ、そして当たり前だからこその美しさ、素晴らしさ、それこそが人間の価値だということだ。介護と看取りという体験がなければそんな当たり前なことも見えにくい社会に生きていることにもまた気づいた。

人の価値は若いことだけではないし健康なことだけでもない。生きていること、あるいは生きたことそのものにある。自分が生きていることそれだけですでに素晴らしいこと、美しいことだから、そのことをじっくり味わうことから生まれる自分の表現、それが「人それぞれ・年それぞれの美しさ」だ。いまの私はスロービューティーにそんな意味も込めて再び世の中に投げかけたい。

石田かおり
哲学研究者(化粧の哲学・AIの哲学)、駒沢女子大学教授、博士(被服環境学)
お茶の水女子大学博士課程まで哲学(現象学)を専門に学修し、1992年株式会社資生堂入社から化粧の哲学を開始。2000年に一度退職し、駒沢女子大学専任教員と同時に資生堂客員研究員に就任(資生堂は2018年まで)。学習院女子大学、日本女子大学、早稲田大学非常勤講師を過去歴任。『化粧せずには生きられない人間の歴史』『化粧と人間』『おしゃれの哲学』ほか著書多数。毎日新聞(2001年~2005年)や『美的』(2007年~2010年)の連載を始め、テレビ、新聞、web等のメディアでも広く活動。
(写真=iStock.com)
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