小泉改革の最中、「見えざる手に導かれる市場にすべてを委ねるべく、民営化と規制緩和を進めるのが最善策だ」との主張が、政財界から繰り返された。その一方では「稼ぐが勝ち」といった拝金主義を生み、経済事件や企業の不祥事が相次いだ。確かに「見えざる手」という言葉には説得力がある。しかし、その言葉を為政者や経済界のリーダーが口にするのを聞けば、私たちはスミスの真意を思い出し、事の是非を問い直すべきである。

スミスの本当の業績は何だったかというと、それは「分業が労働生産性を高める」という発見にほかならない。『国富論』のなかでスミスは、あるピン製造所における作業プロセスをつぶさに分析して、そのことを見事に論証している。

針金を引き延ばして真っ直ぐにし、最終的に出来上がったピンを紙に包む工程まで18もの生産プロセスに分かれていた。そして、10人が働いているその小さなピン製造所では、1人が2つか3つの作業をこなしていた。10人が一生懸命に働けば1日に4万8000本以上、1人当たり4800本以上を作ることが可能だった。

しかし、最初から最後までの工程を1人で行うと、1日に20本をつくるのがやっとだった。つまり、10人が分業をしてピンを作ることで、分業しない場合のなんと240倍以上のピンを作ることができたのだ。

そのような分業による労働生産性の向上による富の拡大は、貧困層に新しい雇用の機会を与えるなどの恩恵をもたらした。そして、自動車、電機などの産業で活用され、2世紀半以上にもわたって経済の発展・成長を支えてきた。まさしくスミスは「経世済民」を旨とする経済学の祖といえるのだ。

(構成=伊藤博之)