2008年12月6日(土)

藤田まこと―アメリカ国民を感嘆「日本人の品格」

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PRESIDENT 2008年3月31日号

著者
野地 秩嘉 のじ・つねよし
ノンフィクション作家

野地 秩嘉

1957年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。美術プロデューサーを経て作家へ。『キャンティ物語』(幻冬舎文庫)など著書多数。監修・構成した『成功はゴミ箱の中に』(プレジデント社)が10万部のベストセラーになる。

執筆記事一覧

芳地博之=撮影 ノンフィクション作家 野地秩嘉=文
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<strong>藤田まこと</strong>●1933年、東京都出身。本名は原田眞。俳優、歌手。高校入学後、俳優である父・藤間林太郎と旅回りを始める。後に歌手からコメディアンに転向。テレビ「てなもんや三度笠」で人気を得る。「必殺」シリーズや「はぐれ刑事純情派」「剣客商売」など代表作多数。87年第42回文化庁芸術祭・芸術祭賞、91年第41回芸術選奨文部大臣賞受賞。2002年紫綬褒章を受章。
藤田まこと●1933年、東京都出身。本名は原田眞。俳優、歌手。高校入学後、俳優である父・藤間林太郎と旅回りを始める。後に歌手からコメディアンに転向。テレビ「てなもんや三度笠」で人気を得る。「必殺」シリーズや「はぐれ刑事純情派」「剣客商売」など代表作多数。87年第42回文化庁芸術祭・芸術祭賞、91年第41回芸術選奨文部大臣賞受賞。2002年紫綬褒章を受章。

苦労人である。「必殺」シリーズなどヒット作にも恵まれたが、一方で多大な借金を背負ったことも。そんな藤田氏が「最後の仕事にしたい」とまで言い切ったのが、部下を最後まで庇い絞首刑となった岡田資(たすく)陸軍中将役なのである。

藤田まこと。1933年4月13日生まれの74歳。19歳のとき、父親がやっていた旅回りの劇団で役者としてデビューする。芸歴は50年を超えている。そして、彼は誰もがよく知る代表作をいくつも持っている。「てなもんや三度笠」(朝日放送)、「必殺」シリーズ(朝日放送)、「はぐれ刑事純情派」(テレビ朝日)、「剣客商売」(フジテレビ)……。テレビ以外に、歌手としての実力もあり、映画、舞台、ミュージカルにも出演している。

ヒット作に恵まれなかった時期は地方のキャバレー回りを経験し、バブル崩壊後には28億円の借金を背負い、苦労して完済した。藤田まことは、働いて、働き抜いて、役者としての力をつけた男である。

そんな彼が今回、主演したのが映画「明日への遺言」だ。藤田が演じたのは主人公の岡田資(たすく)陸軍中将。岡田は第二次大戦中、名古屋市を無差別爆撃した米軍機の搭乗員を国際法に違反していると処刑した軍人だ。戦後、米軍からB級戦犯に指定され、軍事裁判の結果、有罪、絞首刑となった。「明日への遺言」を監督したのは黒澤明の弟子で、「雨あがる」「博士の愛した数式」を撮った小泉尭史。原作は大岡昇平の小説「ながい旅」である。

映画「明日への遺言」の脚本は、大岡昇平の「ながい旅」を原作に小泉尭史監督が書き下ろしたもの。その後「戦場のメリークリスマス」の助監督も務めたロジャー・パルバース氏とともに完成稿に仕上げ映画化された。大岡氏は原作によせてこう書いた。「戦後一般の虚脱状態の中で、判断力と気力に衰えを見せず、主張すべき点を堂々と主張したところに、私は日本人を認めたい。少なくとも、そういう日本人のほか私には興味がない」
映画「明日への遺言」の脚本は、大岡昇平の「ながい旅」を原作に小泉尭史監督が書き下ろしたもの。その後「戦場のメリークリスマス」の助監督も務めたロジャー・パルバース氏とともに完成稿に仕上げ映画化された。大岡氏は原作によせてこう書いた。「戦後一般の虚脱状態の中で、判断力と気力に衰えを見せず、主張すべき点を堂々と主張したところに、私は日本人を認めたい。少なくとも、そういう日本人のほか私には興味がない」

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