意思決定には死の覚悟が必要

文学部出身の経営者は珍しい。その中でも少数派の哲学科出身となれば、極めて稀有な存在となる。

貴重な哲学科出身の経営トップだからこそ、多くの経営者とは一味違ったものの見方や思考法を持っているのではないか。彼らはどんな本を読み、厳しい局面での支えとしているのだろうか。

そんな疑問から、プレジデント編集部では哲学科出身の経営トップを調査し、座右の書とその理由を尋ねた。

結果を見ると一つの傾向がある。

『武士道』や『学問のすすめ』など、日本人の著者による本が多く挙がっている。なぜ彼らは日本の思想に魅かれるのか。

資産運用コンサルティングを行うHCアセットマネジメント社長の森本紀行氏は、経営者の重要テーマである意思決定において、『武士道』(相良亨・著)が大きなヒントを与えてくれると説明する。この本は武士の死に対する姿勢や死の覚悟、死のいさぎよさから日本人の死生観を明らかにしている。

HCアセットマネジメント社長 森本紀行氏

例えば、会社ではこんなシーンをよく見かけないだろうか。商品の売り上げ状況を受けて、「何がよかったのか、悪かったのか」を議論し総括する。でも、それらすべてを盛り込んだ商品を出したところで、必ず売れるわけではない。

「すべて後講釈であり、そんな議論は時間の無駄。なのに、みんなが妙に納得してしまうから始末が悪い。『たら』『れば』の議論や後講釈の無意味さに気づけば、意思決定をする際に縛られるものがなくなります。選択の幅が広がるわけです。意思決定は、不確実な未来に対する“賭け”。だからこそ、“死の覚悟”が必要なのです」

同じ『武士道』でも新渡戸稲造による書を挙げたのは、南海放送会長の河田正道氏だ。「グローバルな今の時代にも十分通用し、参考になる日本論である」と理由を述べる。

「武士道は、日本を表徴する桜の花と同じように、わが国土の固有の花である」との趣旨で、日本人の道徳観の支柱である「武士道」を神道、仏教、儒教の中に探りつつ、キリスト教、騎士道、西洋哲学と対比した、日本の精神文化を知るための好著だ。

世界をまたいでビジネスを展開する時代だからこそ、武士の基本的な考えというものが、現在の日本の経営の根底にどう通じているのかを考えながら読むという手もあるだろう。

ビジネスマンにとって、哲学書は難解なイメージがあり、とっつきにくいもの。読むことでなにか恩恵はあるのだろうか。前出の森本氏は、経営者として必要な2つの力が身についたという。

「最大の恩恵は、視野の相対化。さまざまなものの見方を教えてもらえます。また、読後に詳細な内容は忘れても、深い記憶構造の中に、ある種の論理をもってしみ込んでいるので、無意識のうちにそれが想起されるようになります。結果として、圧倒的な直観力が養われるのです」

彼らの言葉を胸に、ぜひ経営者になったつもりでこれらの本へチャレンジしてみてほしい。きっと学びがあるだろう。