ブランドを維持しながら再生する意味

これはルノー・日産連合のもとでアイデンティティを失うのではないかと戦々恐々としていた三菱自動車関係者にとっては明るいニュースのように思える。が、それはゴーン氏から、最も険しい道での再生を求められているということでもある。「三菱自動車のブランドを維持して再生しろ、再生できなかったときは責任を取らせる」と言われているも同然だからだ。

2016年、日産自動車は三菱自動車と資本業務提携

ルノー・日産連合の傘下入りが決まったとき、三菱自動車関係者のなかには「これからは日産の言うとおりにすればいい。自分で戦わなくてよくなった」といった感想を漏らす人物もいたが、その道は最初から封じられたのだ。ゴーン氏にとって、先の見えない三菱自動車の再生に賭けるのは大きなリスクを伴う。期待に応えられなかったときに三菱自動車がどういう扱いを受けるかは想像もつかない。

世の中からの信用を失った三菱自動車がブランドアイデンティティを保ったまま復活を果たすことはできるのか。

2000年と2004年の2度にわたるリコール隠し以降、三菱自動車は最後まで自分を見失ったまま、昨年のスキャンダルを迎えてしまった。その過程で注目を集めたのは「i-MiEV」や「アウトランダーPHEV」などの電動化技術だった。

電動化は自動車のサスティナビリティ(持続可能性)を確保するのに必須の技術で、それを手がけること自体は悪いことではなかったのだが、三菱自動車はその電動化技術、さらにはエコをブランドの中核に据えてしまった。

各国の規制に対応し、少しでも高い効率で車を走らせられるようにすることはメーカーとして当たり前の責務なのだが、高効率化の技術では世界のトップランナーでも何でもない三菱自動車がそれを金看板にするのは明らかに選択ミスだった。軽自動車やEVの燃費不正も、自社の実力値を無視してトップランナー級のエコ性能を目指した結果引き起こしたようなものである。一方で、高性能車やSUVなど、三菱自動車がかつて得意としていた分野のモデルは手薄になる一方だった。