海外への高額出張費問題が取りざたされて以降、舛添要一東京都知事の公費支出に関して世間から厳しい目が向けられている。大阪府知事時代に知事の経費規定を見直し、実情に見合った質素な規定とした橋下氏は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》やプレジデント誌上で舛添氏問題に関して積極的な発言を行ってきた(舛添さん、都知事はそんなに偉いんですか!? http://president.jp/articles/-/17890 )。新たに浮上した公用車使用問題に関する舛添氏の記者会見を受けて、このほど橋下氏が緊急寄稿した。

舛添さんの論理は、はちゃめちゃだ!

舛添さんの会見・説明は、論理的にはちゃめちゃになっていて、全く舛添さんらしくない。

ところが、これを批判するコメンテーターどもも五流コメントばかりしている。そりゃそうだ。知事の経験もなければ行政組織のことも何も知らない。ただただ感情的なコメントを繰り返すばかり。感情対感情がぶつかり合って最悪な状況になっている。

ということで、ここで僕の出番。弁護士資格を持ち、知事、市長、国政政党の代表の経験を持つ僕が、学者やコメンテーター、自称インテリではできないAランクの解説をしてやるよ。イヤミなやつでしょ!(笑)

まず海外出張の旅費のルールや公用車を利用するルールは、議会が議決した条例で定めるか、条例がなければ規則で知事が定める。普通は旅費は条例。公用車は規則。東京都もそのようだ。

舛添さんは、会見で「公用車の利用はルールに従っているから問題ない」と説明していた。ダメですよ、舛添さん。だってそのルールは舛添さんが決めている建前なんですから。完全にトートロジー(同義語反復)です。舛添さんは、「自分が決めたルールに従っているから問題はない」と言っているようなもの。

デタラメなルールを変えるのが知事

確かに今の公用車利用規定は、舛添さんよりも前の知事が作ったのだろう。でも知事が作るものなので、不合理なルールだったら、舛添さんが作り直さなければだめだ。ルールに従っているので問題ない、という言い訳は、ルールを強要される側の言い訳。舛添さんはルールを作ってルールを強要する側。そういう立場の人が釈明するなら、そのルールの正当性をきっちりと説明しないといけない。ところが舛添さんは公用車利用規定の正当性を説明せずに、ルールに従っているから問題ない!と官僚答弁をしてしまった。舛添さんらしくないな。

じゃあ、今の東京都の公用車利用規定は正当なものなのか。これは完全にデタラメだね。だから舛添さんは、東京都の公用車利用規定を改正する義務があるんだよ。こんなデタラメなルールに唯々諾々と従っていちゃダメなんだよ。

公用車は、自宅から役所への登庁・退庁、そして役所の仕事をするにあたって利用するというのが普遍的な大原則。あとはこの大原則から導かれる細かな基準を合理的に推測する。これがリーガルマインド。

自宅以外から役所へ登庁することもあれば、自宅以外のところに退庁することもある。その際一律に公用車利用を禁じるのはやり過ぎ。自宅から類推される範囲までは、利用は認められるだろう。その一番の基準は「距離」だね。

なぜ「湯河原は論外」なのか?

自宅と役所の距離と同等の距離であれば、自宅以外から役所に登庁する際にも、そして役所から自宅以外に退庁する場合にも、まあ公用車利用は許されるでしょう。ただこれもギリギリの解釈だよ。だって一般の会社員や役所職員は、自宅以外から役所に登庁する場合、役所から自宅以外に退庁する場合には、通勤手当は出ない。それは自費。

では、知事だけがなぜ許されるか。ここで「公用車は動く知事室」の理屈が使える。そして舛添知事はSPが付く警護対象。自宅と役所の距離と同等の距離くらいなら、その範囲でできる限り知事に知事の仕事を円滑にやってもらう環境を与える、知事の安全に配慮する、これくらいは許されるんじゃないかな。

でも湯河原は論外。舛添さんの自宅は都内。そして湯河原は小田原の先、熱海の手前でしょ。流石にこれは自宅に類推される範囲内とは言えないよね。あまりにも「距離」が違いすぎる。

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.5(5月3日配信)の冒頭部分のダイジェスト版です。

(撮影=原貴彦)
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