最後は落としどころを探り当てるリアリスト

【塩田潮】2014年9月に安倍晋三首相の下で自民党幹事長となり、1年半が過ぎました。

【谷垣禎一(自民党幹事長)】安倍首相は自分がやりたいことがはっきりしているリーダーです。背景として、祖父の岸信介さん(元首相)がお考えになった「戦後の日本のあり方をどう克服していくか」という問題意識が非常に強いと思う。一つは憲法改正に相当、思い入れを持っています。これは自民党の結党の原点とも関連しますが、占領下でできた憲法を自主憲法に持っていかなければ、という考えが非常に強くあります。戦後という点で言えば、ロシアとの関係が、北方領土の問題の解決も含めて、平和条約が締結できていないのも、問題意識として非常に鮮明だと思います。

谷垣禎一氏(自民党幹事長・前自民党総裁)

大変、失礼ですが、第1次安倍政権のときは、そういう思いはあっても、それをどう進めていくかという点で必ずしも十分、成熟しておられなかったと思います。現在の安倍首相は、最初はそんなことができるのかな、有権者が受け入れるのかなと思うことも、アンテナを張って、最後は落とし所を非常にうまく探り当てる。なかなかリアリストでもあるという感じがします。現在まで比較的高い支持率できている背景には、そういうことがあるのかなあとは思うんです。

【塩田】幹事長就任後、2014年暮れの総選挙を経て、2015年の通常国会では安全保障関連法案が最大のテーマでした。

【谷垣】冷戦時代、米ソによるイデオロギー的対立、世界の盟主争いは、米ソ両大国によってある程度コントロールされていた世界でしたが、冷戦が終わって、そういう構造はなくなった。西側の勝利に終わったから、もう少し見通しのいい、平和な時代が来るのではといった議論もありましたが、実際はコントロールするのが厳しい状況が出てきました。一つは宗教、もう一つはナショナリズムだと思います。

そのときに日本が何をやればいいかという点で、いろいろな模索がありましたが、今回の平和安全法制も、その模索の延長線上にあったというのが私の位置付けで、私にすれば、それほど違和感がない。そういうことをいろいろ考えてやっていくと、平和安全法制の問題というところに来るという感じだと思います。

【塩田】安保法案をめぐる国会審議を振り返って、何が問題だったと思いますか。

【谷垣】冷戦下のイデオロギー的な左右の対決が人為的に必要以上、強調されすぎた面がありました。自民党のやり方も下手だったところがあります。国会にお招きした自民党推薦の参考人が「憲法違反」というふうなことを言ったのが典型例で、このへんはわれわれのミスです。ですが、野党も憲法改正や安全保障における国内のイデオロギー的な対立に振りすぎた面があったと思うんです。

民主党政権時代、われわれは野党を経験しましたが、当時、私は野党の総裁として、与党を経験した野党はどうあるべきかを考えました。初めからずっと野党だけだったら、徹底的に対決する路線も取り得ると思ったけど、与党を経験した野党はそうもいかない。

たとえば2011年3月11日の東日本大震災の後は、当時の菅直人首相とは、対立もしましたけど、ある程度、協力すべきところは協力しました。消費税に関しては、いろいろな議論がありましたが、私は当時の野田佳彦首相と協力して「社会保障と税の一体改革」を推し進めました。今でも記憶に残っているのは、あのとき、野田さんは「税や社会保障で与野党が現実的な議論はできるようになったけど、安全保障でもその必要がある」と言っておられて、私もまことにそのとおりだと思いました。

ところが、去年の平和安全法制の問題では、われわれも下手だったかもしれませんが、岡田克也代表もちょっと左に振りすぎて、安全保障について現実的な議論にならなかった。せっかく与党を経験したのに、岡田さんは与党を経験した野党の姿をこなし切れていないというか、十分な存在感や方向性を発揮できていないと国民は思っています。