異動に不満をこぼす「3割増し」の原則

3月は人事の季節。花形部署への異動が決まって喜ぶ人もいれば、希望がかなわず落ち込む人もいるだろう。「低い役職や地位に落とされる」という意味で、「左遷」という言葉も使われる。しかし、これは不思議な言葉だ。私は著書『左遷論』(中公新書)で徹底的に考察した。

そのひとつは「社長経験者も左遷されている」という点だ。日本経済新聞の朝刊には「私の課長時代」という人気連載がある。過去の記事が『それでも社長になりました!』『同2』として書籍化されており、2冊で計77人の企業トップが登場している。この2冊で「左遷」の登場を調べてみると、文言が直接使われていたのは2カ所だけだったが、数人が「窓際部署」に「飛ばされた」といった不本意な人事を受けた経験を述べている。

登場する77人は、結果的に全員が社長に抜擢されている。大企業の厳しい出世レースで、役職や地位を落とされたとは考えづらい。抜擢の反対が左遷だと思われるかもしれないが、抜擢は対外的にも明確であるのに対して、左遷は社内の組織やポストに対する受け止めの問題なのだ。

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伝統的な企業の雇用システム

周囲からの評価に対して自己評価は高くなりがちだ。かつて私は保険会社の支社次長時代に20人程度の人事異動を行った。業務に支障はなかったのに、異動になった社員の7~8割が不満を持っていた。納得がいかなかったので、対象者1人1人に改めて話を聞いた。すると、私や人事部の把握する評価に対して、社員自身の自己評価は3割程度高いことが分かった。会社員は「上司が自分を正当に評価してくれていない」とよくぼやく。その心情には、この「3割増しの原則」が隠れている。

また日本独特の雇用システムも左遷を呼び込んでいる。日本は、欧米と異なり新卒一括採用が中心である。会社は社員を同じスタートラインに並べて感情的な一体感を求める。社員は、同期のなかで遅れたくないという競争意識をもつ。同時に、長期雇用、年功制賃金などの特徴も内部競争を促進する。欧米の企業では、個別の仕事がそれぞれの社員と結びつき「同一労働・同一賃金の原則」(※1)が明確で、大規模な定期異動はそもそも存在しない。