この結果、移譲なき権力掌握が完成してしまうわけだが、これは腹黒い部下にとって絶好の手段。だからこそ『韓非子』は、次のように指摘する。

・君主がしてはいけないことは、相手を頭から信用してかかることである。そんなことをすれば、相手からいいように利用されてしまう。(備内篇)

さらに唐代の名臣として知られる魏徴という人物が、この『韓非子』のこの指摘を敷衍して、次のような名言を残している。

・名君の名君たるゆえんは、広く臣下の意見に耳を傾けることである。また、暗君の暗君たるゆえんは、お気に入りの臣下の言葉だけしか信じないことである。(『貞観政要』君道篇)

結局、組織というのは、熾烈な情報戦の場という側面を持ち併せ、上も下もそれを自覚しなければならない、ということだ。

もし自分が絶対的な権力を握る立場にいても、特定の部下に都合のよい情報に頼って判断していれば、その権力は裏から操られているのと同じこと。腹黒い部下にとっては、いかにこの状態に持っていくかが勝負だし、逆に権力者は、いかにこれに乗せられないかが見識の見せ所になるわけだ。

では、ガードが堅い権力者を、下はどんな手段で切り崩していくものなのだろう。このさい、往々にして目の付けどころとなるのが、権力者の好悪なのだ。現代でいえば社長とのつきあいゴルフや麻雀をテコに、気に入られようとするのは、まさしくこの典型例だろう。

だからこそ、『韓非子』はこう警告する。

・君主は、自分の好悪を表に出してはならない。好悪を表に出せば、臣下はみなそれに倣おうとする。君主はうっかり自分の意志を見せてはならない。それでは、臣下はうわべだけそれに合わせてくる。(主道篇)

こうして自分に取り入る手がかりを与えない一方で、部下の内実を知るために、こんな手を駆使していく。

・わざと疑わしい命令を出し、予想外のことをたずねてみる。
 ・知っているのに知らないふりをしてたずねてみる。
 ・白を黒といい、ないことをあったことにして相手を試してみる。(内儲説篇)

結局、情報戦のメッカである組織を生き残る要諦とは、「いかに自分の手の内を見せずに、相手の手の内を知るか」に尽きるようだ。