馬英九政権の方向転換が台湾を変えた

2016年1月16日に行われた台湾総統(大統領)選挙は民主進歩党(民進党)の蔡英文主席が与党国民党の朱立倫らを大差で破って勝利し、台湾初の女性総統が誕生することになった。

大陸との融和を推進してきた国民党に代わって、台湾独立を綱領に掲げる民進党が8年ぶりに政権を奪回したことで台湾はどこへ向かうのか、今後の中台関係を懸念する声もあるが、どこにも向かわない。今まで通りである。

総統選の勝利宣言をする民進党の蔡英文主席(1月16日)。(写真=AFLO)

前回の民進党政権、陳水扁政権の時代には中台関係は冷え込んだ。それを大きく転換した国民党の馬英九政権の功績は大きい。いわゆる大3通(通商、通航、通郵)を積極的に推進して、中台間の自由貿易協定であるECFA(両岸経済協力枠組み協議)を締結した。陳水扁政権では制限されていた台湾企業の大陸進出の条件も大幅に緩和。たとえばTSMCのような高度な半導体をつくるハイテク企業は組み立ての一部しか中国に生産拠点を持てなかった。それが今や江蘇省の昆山に巨大なクリーンルームをつくってガンガン操業している。

中国の輸出企業のトップ10を見てみると国営企業を除くとほとんどが台湾企業。食品業界のトップ5のうち、3つは台湾の企業だ。

大陸に進出している台湾企業はバミューダやケイマン諸島などのオフショアに本社を構えているケースが多い。理由は2つあって1つはタックスヘイブンを利用してファミリーで蓄財するため。もう1つは台湾から攻め込んできている印象を中国人に与えないためだ。康師傅(カンシーフー)のインスタントラーメンは中国で年間数十億食以上売れるそうだが、それが台湾メーカー頂新の商品とわかって食べている中国人はどれだけいるだろうか。

今や世界最大の電子機器メーカーにして最強のチャイワン(台湾+中国)企業といえばフォックスコン、鴻海(ホンハイ)科技集団である。本社は台湾だが生産拠点のほとんどは大陸にあって、100万人の中国人を雇っている。

シャープの買収交渉で日本でも一躍有名になった会長のテリー・ゴウ(郭台銘)は蔡英文の刎頸の友であり、蔡英文も大陸を自分の庭のように使っている台湾企業の実情をよく知っている。北京政府と何らかの問題が生じればテリー・ゴウが間を取り持つだろうし、蔡英文政権になって対中政策が大きく変化するとは思えない。

今や台湾の新卒学生の4人に1人は大陸の企業に就職している。もし馬英九政権が思い切った方向転換をせずに陳水扁時代のような中台の緊張関係が続いていたら、台湾企業は今頃窒息していたし、失業者とデモが街に溢れていただろう。

今回の総統選挙の結果を馬英九が中国に接近しすぎた反動と見る向きもある。「大陸から巨大資本や安価な労働力が押し寄せてきて、台湾は呑み込まれる」と台湾メディアも危機感を煽ってきた。しかし、中国から大挙してやってくるのは観光客ばかりで、台湾経済は爆買いの恩恵に浴している。わざわざ競争の厳しい台湾に渡って勝負しようという奇特な中国人の事業家や労働者はいない。

逆に大陸において台湾は資本的にも経営ノウハウ的にも人材的に大きなポジションを占めている。以前に中国の国営企業のテレビ工場を見学に行ったら、工場長もライン長も営業のトップもすべて台湾人だった。大陸のビジネスの最前線を取り仕切っているのは台湾人だし、バブル崩壊で世界中が中国からお金を引き揚げているときに、台湾の企業は引き揚げていない。

中国経済を駆動しているのが台湾パワーであることを北京政府はよくわかっているから、手荒なことは絶対にしない。できないのだ。