2015年12月5日(土)

マツダの品質管理「全数、全量、全世界」の凄み

マツダ絶好調の秘密はここにある!【3】

PRESIDENT Online スペシャル /PRESIDENT BOOKS

著者
宮本 喜一 
ジャーナリスト

1948年奈良市生まれ。71年一橋大学社会学部卒業、74年同経済学部卒業。同年ソニー株式会社に入社し、おもに広報、マーケティングを担当。94年マイクロソフト株式会社に入社、マーケティングを担当。98年独立して執筆活動をはじめ、現在に至る。主な著書に『マツダはなぜ、よみがえったのか?』(日経BP社)、『本田宗一郎と遊園地』(ワック)や、翻訳書『ジャック・ウェルチわが経営(上・下)』(日本経済新聞出版社)、『ドラッカーの講義』(アチーブメント出版)、『勇気ある人々』(英治出版)などほか多数。

執筆記事一覧

ジャーナリスト 宮本喜一=文
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独自の環境技術「SKYACTIV」を搭載した自動車の販売が絶好調のマツダは、3期連続で最高益を更新する見通し。その生産現場を支える3人のリーダーを直撃した。

1カ月間仕事がないという経験

――2008年9月にリーマンショックが起こり、世の中の景気が一気に冷え込みマツダの販売・生産にも大きな影響が出ました。当時の生産部門の雰囲気はいかがでしたか?

【藤井】「会社は本当に大丈夫かなぁ」と心配でした。通常、車両工場は昼と夜の2交代勤務で仕事をしています。ただ、状況によって夜の勤務がなくなるときもたまにはあるものです。しかしあのときは事情が違って、初めて、まるまる1カ月間夜間の仕事がないという経験をしました。

――今のスカイアクティブ搭載車の好調ぶりとは雲泥の差ですね。

【藤井】当時は、マツダが今のような好ましい状況になるとは、全く考えもしませんでした。今は忙しい日々です。今年9月などは、土曜日に休出(休日出勤)の連続と言ってもよいような状態でした。だから非常に活気があります。生産現場は“つくってなんぼ”の世界ですから。

――生産ラインが止まってしまうと、仕事のモチベーションを上げるのはなかなか難しいのではありませんか。
左から:宮脇克典・第2パワートレイン製造部マネジャー(エンジン加工)、藤井隆昌・第1車両製造部マネジャー、小川慶久・第2パワートレイン製造部マネジャー(エンジン組立)

【宮脇】ありがたいことに、それによって、生産ラインの改善に取り組む時間ができました。普段なら、しようと思っても、全員で一斉に協議・相談するような機会はなかなかつくれません。「半日ラインが止まっています」というときを、逆に活用しました。

――それは“禍を転じて福となす”的な発想ですね。

【宮脇】そうです。その機会を利用して、経験豊富な者が経験の浅い人たち1人ひとりに、じっくり時間をかけて現場の工程や作業を教え込む、という取り組みも始めました。

【小川】今ではそれがいわば“教育道場”として私どもの日常にしっかり根付きました。いくら忙しくなっても、この活動は絶対にやめません。

――そうなると、生産の手法や設備の見直しにも一層力が入ったのではありませんか。スカイアクティブ技術の開発を睨みながらの作業となったのでしょうか?

【宮脇】実は、2006年あたりから、現在のフレキシブル生産の前身のような生産ラインを引き始めていました。将来を見越して、排気量に関係なくつくれるラインを構築できていたので、スカイアクティブ・エンジンを受け入れる用意は事前に整っていったと言えます。

――マツダ車の一新を目的にしたスカイアクティブ技術の開発を支える「モノづくり革新」を推進する上で、生産と開発両部門のコミュニケーションあるいは協力態勢がよりオープンで強固なものになっていったと理解しています。その象徴的な施策に、生産部門に配属された新人エンジニアが、開発部門に最初の3年間研修に出る、というプログラムがあります。今でもこのプログラムは継続中ですね。この効果はいかがですか?

【小川】正式には2008年から始まっています。これによって、開発と製造の距離が非常に縮まった印象が強いですね。研修経験者は開発のプロセスを理解して戻ってきていますから、そのおかげで、ある課題を与えられたとき、どこを検討し対策すれば解決策が見いだせるという見通しがたてられます。両部門の互いの検討速度も上がるし、協力の質も高くなります。

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