がんは不治の病ではない。研究の現場を訪ね歩くと、そう感じる。アプローチは1つではない。治療法はあらゆる角度から進化している。研究者たちのほとばしる熱意を感じてほしい──。
「ヘルペス」を使いがんを破壊する
ウイルスには、増殖する過程で感染した宿主の細胞を破壊するという性質がある。「ウイルス療法」とはこの性質を使って、がん細胞を破壊する治療法だ。
それだけではない。ウイルス療法の真骨頂は、ウイルスが感染したがん細胞を免疫が認識して抗がん免疫が誘導され、がん細胞に追い打ちをかける点にある。免疫はそもそも、外からの侵入者を認識して排除することで、体を守る仕組みだ。がん細胞はもともと自分自身の細胞であるために、免疫から「異物」とは認識されない。このため免疫がうまく働かない。
免疫を使ったがん治療は、副作用が少ない。このため免疫細胞を体内から取り出し、機能を高めてから体内に戻す「免疫細胞療法」への期待が高まっているが、劇的な効果が出ていない。それは機能を高めたところで、がん細胞を見つけ出して破壊する力が足りないからだ。
一方、ウイルスは「外からの侵入者」であり歴然とした「異物」だ。ウイルスに感染したがん細胞が排除される過程でがん抗原も同時に認識され、がん細胞が免疫の攻撃対象となるのだ。
東京大学医科学研究所の藤堂具紀教授は、ウイルス療法を「手術、放射線、薬物療法に並ぶ治療の選択肢」と位置づけ、「近い将来、がん種や進行度によって抗がん剤を使い分けるように、がん治療用ウイルスを使い分ける時代が来る」と断言する。
ウイルス療法の本格的な研究が始まったのは1950年ごろから。70年代には水疱や麻疹ウイルスを使ったがんの治療が試みられている。90年代に入ってバイオ技術が発達し、「がん細胞のみで増殖するウイルス」の作製が可能になると、研究開発が急速に進んだ。
藤堂教授らのグループでは、がん細胞のみで増殖するように「単純ヘルペスウイルスI型」の遺伝子を組み換えた「G47Δ(デルタ)」を開発している。これは世界で唯一の「第三世代治療用ウイルス」だ。「単純ヘルペスウイルスI型」とは口唇ヘルペスなどの原因ウイルスで、成人の約8割がすでに感染して抗体を持つという非常に身近なウイルスだ。