2015年3月10日(火)

なぜデータベースは時間が経つほど価値が増大するのか

サイバーリテラシー・プリンシプル(19)データベースは空白を嫌う

PRESIDENT Online スペシャル

著者
矢野 直明 やの・なおあき
サイバーリテラシー研究所代表

朝日新聞社で1988年にパソコン使いこなしガイド誌『ASAHIパソコン』、95年にインターネット情報誌『DOORS』を創刊、初代編集長をつとめる。2002年にサイバーリテラシー研究所を開設し、「サイバーリテラシー」という考えのもとに、現代IT社会における人間の生き方を模索してきた。この間、慶応義塾大学、明治大学、情報セキュリティ大学院大学、サイバー大学などで教壇に立つ。主著:『マス・メディアの時代はどのように終わるか』(洋泉社)、『インターネット術語集』(岩波新書)、『インターネット術語集II』(同)、『サイバーリテラシー概論』(知泉書館)、『総メディア社会とジャーナリズム』(同、2009年度大川出版賞受賞)、『情報文化論ノート』(同)、『IT社会事件簿』(ディスカヴァー21)。

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サイバーリテラシー研究所(代表 矢野直明)=文
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出身大学の空白を埋める力わざ

ある人が市民マラソンに参加しようとしたら、参加票を手渡され、そこに職業欄があった。「走るのになぜ職業が必要なのか」と彼は怒っていたが、この話はデータベースのもつ「性(さが)」を思わせる。すなわちデータベースは、なるべく多くの項目を盛り込みがちであり、しかもいったん枠組みが出来上がると、空白を嫌う(市民マラソンの場合、参加者の中に医師がいるかどうかあらかじめ知っておきたいという主催者の意図があったかもしれない)。サイバーリテラシー・プリンシプル(19)は<データベースは空白を嫌う>である。

こんな体験をしたことがある。

ある日、フェイスブックの私のページに次のようなメッセージが届いた。「友人の某氏(実名)があなたといっしょに某大学(実名)に通っていたと言っています。この記述を承認しますか」。

友人というのは、都内某大学のかつての教え子である。元の文章は確認していないけれど、おそらく彼は何らかの形で私にふれて、「大学でいっしょだったことがある」と書いたらしい。たしかにその通りなので「承認」のボタンをクリックすると、フェイスブックはたちどころに「この事実をあなたのプロフィールに追加します」と言って、プロフィール欄で空白にしてあった私の出身大学を某大学と決めてしまった。

友人の「いっしょに通っていた」という表現をめざとく見つけて(検索して)、プロフィールの不備(空白)を埋めたわけである。恐るべき力わざでもあるし、なるほどこういうふうにして誤った情報がインターネット上に蓄積されていくのかとも思う。

ちなみに、この誤った記述を訂正するのがけっこう大変だった。間違った大学名を正しいものに直すのは簡単なのだが、この欄を元の空白にするやり方がわからない。プロフィール入力欄の右側に×印があり、ここをクリックすればいいのだと気づくまでには1週間ぐらいかかった。システムは仕様をいじられるのが嫌いだし、データベースは項目すべてを埋めたいという衝動をもっている。

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