2015年2月10日(火)

なぜ情報を集めすぎると新しい発想がわかないのか

サイバーリテラシー・プリンシプル(17)ときにデジタルを離れて道草をする

PRESIDENT Online スペシャル

著者
矢野 直明 やの・なおあき
サイバーリテラシー研究所代表

朝日新聞社で1988年にパソコン使いこなしガイド誌『ASAHIパソコン』、95年にインターネット情報誌『DOORS』を創刊、初代編集長をつとめる。2002年にサイバーリテラシー研究所を開設し、「サイバーリテラシー」という考えのもとに、現代IT社会における人間の生き方を模索してきた。この間、慶応義塾大学、明治大学、情報セキュリティ大学院大学、サイバー大学などで教壇に立つ。主著:『マス・メディアの時代はどのように終わるか』(洋泉社)、『インターネット術語集』(岩波新書)、『インターネット術語集II』(同)、『サイバーリテラシー概論』(知泉書館)、『総メディア社会とジャーナリズム』(同、2009年度大川出版賞受賞)、『情報文化論ノート』(同)、『IT社会事件簿』(ディスカヴァー21)。

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サイバーリテラシー研究所(代表 矢野直明)=文
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「書く」ことが変化してきた

サイバーリテラシー・プリンシプル(17)<ときにデジタルを離れて道草をする>というのは、要はアナログの良さを見直そうという提案である。3つのエピソードを紹介しよう。

2013年秋、江戸東京博物館の「明治のこころ モースが見た庶民のくらし」展を見に行った。明治期に日本に滞在した考古学者のエドワード・モースが蒐集した320点の生活道具や陶器を中心に、庶民を撮った写真やモース自身の日記、スケッチなどが展示され、筆と硯のコーナーに「非常に腹を立てて、すさまじい剣幕で手紙を書こうとする人でも、十分冷静になるだけの時間がある」という『日本その日その日』の文章が引用されていた。

ものを書く道具は、筆からペンへ、そしてキーボードへと変化してきたけれど、紙からデジタルへの移行はまさに革命的だった。『ASAHIパソコン』を創刊した1990年前後はその過渡期で、ワープロ専用機がもてはやされていた。「(いま買うなら)ワープロか、パソコンか」、「ワープロは文体を変えるか」といった特集をしたのが懐かしく思い出される。

人びとがふつうにメールを書くようになって、これまでの「書く」ことへの敷居は著しく低くなったけれど、文体も大きく変わった。その典型が2007年にブームになったケータイ小説である。人々は「話す」ように「書く」ようになった。そしてツイッターやラインによる短文メッセージが飛び交うようになり、さらに書く行為の性格も文体も変わってきた。

かつては「文は人なり」とも言われ、私的な手紙にしろ、公開用の原稿にしろ、何度も推敲したものである。書きながらゆっくり考える、という習慣が希薄になったのは間違いない。

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