心臓を動かしたまま行う「オフポンプ手術」

順天堂大学医学部心臓血管外科教授 天野 篤

2012年2月に天皇陛下の心臓手術に携わらせていただいてから、もうすぐ3年が経とうとしています。

狭心症というご病気だった陛下は、手術前、心臓に酸素や栄養を送る冠動脈3本のうち2本が狭くなり、ときどき息苦しくなったり動悸が激しくなったりというご病状でした。狭心症と心筋梗塞の治療には、薬物療法、冠動脈カテーテル治療、冠動脈バイパス手術の主に3種類があります。陛下の狭心症の治療にあたっていた当時・東京大学医学部附属病院循環器内科教授の永井良三先生(現・自治医科大学学長)が、バイパス手術が必要だと判断し、私のところへ執刀の依頼が来たわけですが、そのとき選択したのが心臓を動かしたまま行う「オフポンプ手術」でした。

冠動脈バイパス手術は、上半身で採取可能な動脈や足の静脈などの血管(グラフト)を利用して迂回路を作り、血液の循環を正常な状態に戻す手術法です。直径2ミリの血管をつなぐ細かい手術操作のため、従来のバイパス手術では、手術の間は人工心肺というポンプの役割をする装置を使って全身に血液を送りながら、心臓を一時的に止めて行うのが一般的でした。しかし、オフポンプ手術ではポンプは使わず心臓は拍動したままで、スタビライザーという道具で縫合部分の揺れを抑えて手術を進めます。

この手術の最大のメリットは、人工心肺を使わないために心臓や全身への負担が少なく、術後の回復が早いことです。人工心肺の開発によって、かなり難しい心臓病の手術が安全にできるようになった恩恵は大きいのですが、心臓の拍動を止めている時間が長くなればなるほど患者へのダメージが大きいのもまた事実です。心臓を動かしたまま、従来のバイパス手術と同じかそれ以上の精度で手術ができれば理想的なわけで、現在では、冠動脈バイパス手術の3分の2がオフポンプになっています。陛下の狭心症の治療に、オフポンプ手術が選択されたのはある意味自然な流れでした。

私がオフポンプ手術を始めたのは、日本ではまだこの手術がほとんど行われていなかった1996年のことです。その頃、私は千葉県松戸市にある新東京病院で心臓血管外科部長を務めていました。「オフポンプ手術ができるようになればもっとたくさんの患者さんが救えるようになる。これからは必ずこの手術法が主流になるに違いない」という確信を持っていた私は、海外から手術ビデオを入手し独学で縫合の技術を身に付けました。